草原にて。隊商の夜営

 日が暮れて、天空に星々の瞬き始めるころ。
 焚き火を囲んでささやかな夜の宴をはじめようかという、隊商の人々の中に、サリと星樹の姿はあった。


「坊主、こっちに来いよ。今、羊の肉を焼いてるんだぜ」
 隊商の護衛をしているいかつい身体の傭兵の誘いに、サリがあからさまに眉をひそめていた。
「ちょっと匂いかぐだけなら、おいしそうかなって思うんだけどな。食べれないんだよ、あれ」
 日中世話になった、小柄だが頑丈な馬にブラシをかけてやりながら、近くにいる同年代らしい少年相手にぼやく。
 もっとも、平原の民である少年とサリとでは、同じ歳に見えても生きてきた年数は異なるのだが……。
「あれが嫌いなの? うわぁ、もったいないな。おいしいのに」
 広大な草原を渡る旅人にとっても、そこを生活の場とする遊牧民にとっても、羊は貴重な資源である。羊毛に、乳に、そして食肉に。 肉を食べるというのは、大事な羊をつぶす行為なのだから、この上ない贅沢といえた。今、サリたちのいる隊商は食うものに困っているわけではないが、やはり羊の肉はたいそうなご馳走である。
 香ばしいたれと肉汁の匂いがまざりあって二人のもとに届き、少年がごくりとつばを飲み込んだ。
「食いっぱぐれたらたまんないや。僕、先に行ってるよ」
 馬の世話を放り出して、さっさと焼肉にありつきに行ってしまう。
 サリはちょっと拗ねたように唇を尖らせ、それからため息をひとつついて仕事を再開した。


 半刻ほどのち。

「なんだ、まだこんなところにいたのか」
「こんなところってなんだよ。俺が仕事まじめにしてる間に、おっさんたちと肉食ってたくせに」
「たまには、な。仕事をサボるのは、いつもおまえの役回りだろう?」
 長身の美しい男が、いつもどおりの横柄な口を利きつつ、焚き火を背にしてゆったり歩み寄ってくるのを、サリはじっと見ていた。
 顔が見えなくても、この男はただ存在するだけで美しい。それが半神というものなのだと、サリは知っていた。
 その姿を見ているだけで、自分の内側にある何かが揺さぶられることも。
 サリはよく知っている。
「何も食べていないのか?」
「あれの匂い嗅いでたら、胸焼けしてきた。なあ、あんた、酒くさい」
「うるさい奴だな、勧められたものを断るほうが失礼だろう。どうする、ここで食うか? それとも二人でどこか……」
 最初から、サリがまだ何も食べていないことは察していたのだろう、食料を少し持ち出してきていた星樹がそう話しかけたところへ、背後から声がかかった。
「おぅ。そんなところで何やってんだ、兄さん。こっちへ来いよ。おちびさんも暗いところでぼんやりしてねえで」
 星樹が微妙な顔をし、サリはその星樹を恨みがましく見上げた。
「ほら、星樹。女たちがお前が引っ込むとうるさいんだよ。宴のときくらい相手してやってくれねえかな」
「わたしの報酬には、そんなサービスの分まで含まれていたのか」
「そりゃあ、お前の容姿の分は加算されてるんじゃないか? ま、女どもの機嫌がいい分、いじけてる男も多いかもしれんがね。 ほれ、ちびくん、お前がぼんやりしてたんじゃ、星樹が動いてくれないだろう?」
 小規模ながら、隊商を率いる商人である孝覧は、四十そこそこの快活な男だった。普段から人当たりのよい男であるが、今は酒の入っている分、言葉に遠慮がない。
 星樹は隊商の護衛の一人として。サリは孝覧直属の雑用係として、隊商に雇われている。普段はあまりこんな仕事は受けないのだが、 この近辺の草原は東の帝国の支配下にあって、二人旅には不便なことが多いための非常手段だった。
 特にサリの場合、身分証にもなる旅券を持っていないから、誰か身分を保証してもらえる相手が必要なのだ。 こういうとき、旅人たちは名のある隊商の商人を頼ることが多い。隊商の主人のほうでも、そうしたどこの国にも属さない人々との関係を大事にしていて、嫌な顔ひとつせずに雇ってもらえるのだ。
 孝覧は酔っ払いの強引さでサリの腕を捕まえると、ぞんざいに引っ張って宴のほうへ連れ戻そうとする。
「なあ、なんでちびなわけ? 俺、孝覧とたいして身長変わらないよ?」
 呼び方と、そして腕をつかむ行為と。どちらにもけっこうムッとしながら、サリが孝覧に話し掛けると、孝覧はふふんと鼻で笑った。
「おや、育ち盛りの少年はちびって言われるのが嫌なんだな。しかし、お前の相棒のでかいのを見ていると、お前はちびすけ以外の何者にも見えんわけだ」
「絶対おかしい」
「そうやってこだわるのはちびの証拠だぞ」
「なんでだよ。なあ星樹。俺ってちびだと思う?」
「わたしは適正な大きさだと思っているけどな」
「だろ!? そうだよな、やっぱり星樹はわかってるよな」
 よく子ども扱いされるサリは、「ちび」だとか「ガキ」だとか言われるのを嫌っているけれど、後者については事実だから反論のしようがない。 外見こそすれすれ十五、六歳……この世界ではなんとか大人と見られるあたり……だけれど、本当のところはさらに若く、普通の少年で言うなら声変わりが終わってようやく思春期という年代にあった。
 たぶん、本当の年頃まではわからないまでも、子供なのがわかるのだろう。相手が大人であればあるほど、サリは子供扱いされる。星樹が立派な大人として待遇されるのとはえらい違いだ。 サリの聞いたところでは、彼も実はまだ「成年」未満……言うなれば、二十歳未満といったところだ……だというのに。
「わかったわかった、名前で呼べばいいんだろう、サリ」
 本当にわかったのだかどうか、苦笑とともにそう言われ、やはり問答無用に人々の輪の中まで連れ込まれた。
「さ、遠慮せずに食べておけよ」
 ぽんと背中をたたかれ、顔をしかめる。ちらりと窺えば、早くも星樹は他人につかまっていた。女たちのうっとりした視線が癪に障る。星樹を見て見惚れない女などめったにいないのだが、気に食わないのだから仕方なかった。
 あまり好きではない酒精の匂いと、焼いた肉の匂いに、胸が悪くなる。
 焚き火の近くを勧めてくれる中年の女に愛想笑いだけ返して、サリはつかつかと人の輪の真ん中を横切った。
 そこで、吟遊詩人を名乗る老人が五弦の琵琶を爪弾いていた。


 サリはいつも、大事なことを言いそびれてつまづくから。

 ……言葉より雄弁なものはいっぱいあるからね。

 スウが、教えてくれたことを思い出して。


 しゃん、と鈴の音が鳴って、次に琵琶の音。
 ざわついていた周囲が、すっと静まり返った。そして、湧き上がるのが歓声と野次の混ざったざわめき。
 けれど、サリの耳にはもうそんな雑音は入ってこない。
 大勢の視線を一身に浴びていても、サリの目に入る人はひとりだけだ。

 しゃん、ともう一度、手に持った鈴を鳴らす。これはこのあたりでよく舞曲に用いられる楽器で、一尺ほどの長さの棒に鈴が何個もくっついている。 スウが似たようなのを持っているので、サリも使い慣れていた。
 老吟遊詩人が、まだまだ衰えぬ朗々たる声で、歌い始める。
 サリの腕が、すいと動いた。

 鳥が舞うように、伸ばされた腕が弧を描き、細い身体がしなやかに動き続ける。
 黄金色の瞳がどこか遠くを見るように揺れては、星樹のほうへ戻ってくる。
 少し緩んだ赤い唇、その艶やかな眼差し。
 あどけない少年としか見えなかったサリが、今は妖艶な舞姫だった。

 人々が半ば呆然と見惚れ、食事の手も酒を酌む手も止まるまでには、さしたる時間は必要としなかった。
 吟遊詩人の歌声と、五弦琵琶の響きと、ときおりしゃらんと鳴る鈴の音。 大勢の人のいる野営地で、たった二人の作り出す音楽のほかは、焚き火のはぜる音しか存在しなかった。



 強引にサリを連れ出して、夜営の明かりの届かない場所にまで歩き、ようやく星樹は立ち止まった。
 一里ほどは離れたかもしれない。
 手をひいてきたサリは、少々息を弾ませている。
 歩幅が違うのだから、早足の星樹についてくるのは大変だったのだろう。だいたい、サリは普通に歩くのがちょっと苦手なのだ。 けれど、そんなことも気を使っていなかった。
「なんだよ、もうっ」
 怒ってみせているサリが、実はそんなに機嫌を損ねてなどいないのだと、今はわかる。 いつもは、彼の喜怒哀楽に振り回されっぱなしだけれど。
「痺れた」
 そんなことを、それでもちょっとぶっきらぼうに言って、星樹はサリを乱暴に引き寄せ、抱きしめた。
「え?」
「まったく、自覚あるのかおまえは」
 唇を奪い、自ら仕掛けた口づけに酔いながら、お互い様かと少し反省する。
 怒ってもいないくせに相手にあたる癖は、たぶん二人共通だ。
 互いが、互いの思いに鈍感なところも。
「綺麗だった」
「んっ、ほんとに?」
「ああ……」
 背中を緩くなでてやると、サリが甘い吐息を漏らした。
 くたりと星樹の腕に身体を預け、黄金の瞳で星樹を見上げる。
 星樹は、少し苦笑する。
「あんな熱烈な求愛をされたら、応えないわけにいかないよな」
「あ……んっ、わかって……」
「わかってないわけがないだろう。おまえ、自分の夫をなんだと思ってるんだ」
 有翼種には、互いの伴侶だけのために舞う特別な舞踊があるというのを、聞いたことがあった。  本物の有翼種がその求愛の舞を舞うところは見たことがないが、きっと今夜のサリのあれよりも美しい舞など存在しないのだろうと星樹は思う。
 自分のためだけに舞われたサリの舞踊は、胸が打ち震えるほど美しく、妖艶で、魅惑的だった。
 草の上にサリを横たえて、星樹は口づけを繰り返す。
 サリのために敷布を持ってくるくらい、すでに完全に「その気」だった。
 普段の倍の性急さで、細い身体をすみずみまで撫で回し、その身を覆うものをすべて取り去ると、自身もすばやく上着を脱ぎ捨てる。
 仰向けに寝かされるのが嫌いなサリは……何しろ背中には羽がある……半身を起こして星樹の首に腕を絡めた。
 星樹はサリの背中を抱いて、そっとキスをした。
「やっぱり、おまえと二人だけのほうがいいな」
「すぐ喧嘩するのに?」
「すぐ仲直りできるだろう? それに、おまえのあんな姿を、ほかの奴らに見られずにすむ」
 普段、ただの少年にしか見えないサリだから、星樹としては他人の視線をあまり気にすることもないのだが、さっきのは衝撃的だった。一流の舞姫でも、あんなに色っぽくは舞わない。
「俺、おまえに踊りで稼ぐかって言われたことあるぞ」
「そんなこと言ったか? ……悪かったよ、撤回する。あれを見ていいのはわたしだけだからな」
 シチュエーションにそぐわない微妙な空気になりそうだったので、星樹はさっさと前言撤回する。とっさにごまかしたが、言った覚えならはっきりあった。
 ついでにサリの追求を避けるように、星樹の手はサリの肌の上をさまよい始めた。
「んもう、調子いいんだからさ……」
 少し口を尖らせてみせたものの、サリは心地よさげに目を閉じる。
 首筋を星樹の口づけがたどる一方で、しなやかで熱い指が胸の尖りを見つけ、意地悪くそこを弄りはじめる。
「あっ、やだ……」
 背中を支える手が、緩くはためく羽をそっと撫でると、サリの身体が反り返った。
「可愛い、サリ」
 そんな単純な睦言にも、猫のようにしなやかなサリの身体は敏感に反応する。
 その反応を存分に楽しみたい気もしたが、星樹自身、あまり余裕がなかった。
 愛撫の手が、サリの股間で存在を主張しているものに伸びる。すっかりたちあがったそれを手の中に包み込み、何度か緩くしごいてやると、サリは悲鳴のような喘ぎ声をあげた。
 潤んだ黄金色の瞳が、星樹を熱っぽく見上げる。
「ね、星樹、もう……」
「もう待てない?」
「ん。早く……ね?」
 余裕がないのはお互い様らしい。めったに聞けないおねだりに、血が沸騰するような感覚を味わいながら、星樹は先走りで濡れた陰茎の奥へと指を伸ばした。そこには、サリが有翼種の血を色濃く引く証のひとつである、少女の性器がある。
 指でそこを撫でて、星樹は欲情に濡れた笑みをこぼした。
「すごいことになってるぞ、ここ」
「わかってるよ、もう! 言うなよっ」
「欲しい?」
「何度言わせたいんだよ!」
 サリの声は半分泣き声になっている。
「何度でも聞きたいよ」
 思いをこめて抱きしめて、しっとりと濡れたサリの女性器に己のものを押し当てる。そして、一気に貫いた。
「愛してる」
 掠れた声でささやいて、熱い膣内の感触を味わうように律動をはじめる。
「あっ、あぁっ、星樹っ、好き、好きだ」
 星樹の首にしがみついて、サリは何度も「好き」を繰り返した。
 頭がおかしくなりそうだ、と内心で苦笑しながら、星樹はサリの唇をふさぐように口づけた。それ以上可愛い嬌声を聞いていたら、理性も身体ももたない。
 それから、サリの小ぶりな陰茎をしごいてやりながら、奥までいっそう激しく攻め立てる。
「あぁっ、やっ、も、だめっ…!」
「んっ、サリ……っ」
 絶頂を迎えて声もなく震えるサリを抱きしめて、星樹も己の欲望を吐き出した。



 星々のまたたく天空を仰いで、星樹は自分の胸の上に乗っかっているサリの黒髪を撫でてやっていた。
 半分が風の精霊であるサリは、抱いていても体重をあまり感じさせない。上等の毛布のような少年を抱いて眠ることは、二人旅をしている間は当然の習慣になっている。
 星樹は、ふと視界を横切るものに気づいて、小さく笑った。それは、夜空に溶け込むような、黒くて細長いものだった。
「しっぽ出してる、おまえ」
 サリに限って、これは言葉どおりの意味だ。気が緩むと、普段は隠している尾が見えるようになってしまうらしい。
 サリは星樹の胸に頬をこすりつけるようにして、ぽそっと応えた。
「……しあわせだから」
「そうか?」
「ん」
「そうか」
 星樹が手を伸ばして、黒猫の尾をつかまえようとすると、まるでその手の動きが見えているかのように尾が逃げていく。サリは目をつぶっているのに、だ。
「そろそろ戻るか?」
「うん……そうだね」
 名残惜しげに自分から離れようとしないサリごと、星樹は身体を起こした。
「今夜は一緒に寝よう。な?」
「明日も」
「じゃあ、明日も、明後日も。……一緒にいたいと思っているのは、おまえだけじゃないよ」
「ほんとかな」
「本当だって。さぁ、行こう」
「抱いてって」
 最後の要求に、立ち上がろうとしていた星樹は一瞬動きを止めたが、すぐ微笑んでみせた。
「それは、今夜だけにしときましょうね。我が君」
 星樹はサリを横抱きに抱きかかえると、隊商の夜営地へと帰っていった。

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