世界の果てにて不毛な夢を見る者ども



“人形” Epilogue


 結局、メイヴィンが元通り動き回れるようになったのはそれから10日もたってからだった。
 その間、回復のためなのか嫌がらせのためなのか定かでない執拗さで構われ続け、聞きたくもない自分の甘い悲鳴や懇願の声を何度も耳にした。
 無論メイヴィンに構いっぱなしのウルが金を稼いでくるはずもなく、仕事もできないメイヴィンの機嫌はさがって当然なのだが、自分でも納得のいかないことに、ウルがいなかった時よりはずっと落ち着いている。
「なぁ、そろそろ仕事してもいいだろ?」
 半裸でソファに寝そべったメイヴィンは、無自覚な上機嫌で、お茶を淹れに離れたウルに話しかけた。昼間っから自堕落に快楽を貪るような生活は、メイヴィンにはむいていない。失われたものが身体にみなぎりはじめると、外に出たくて仕方なかった。
「ああ。だがしばらくは程々の仕事にしておけ。いいな」
「わかってるよ。とりあえず二人でできる仕事にすりゃいいんだろ」
「おまえ、俺に全部働かせる気だな」
 ウルが睨むと、メイヴィンがふん、とことさらに鼻を鳴らした。
「火竜の鱗の分。稼いでくれるんだろ?」
「図々しいんだよ、おまえ」
 面倒なことはしたくないウルが椅子にそっくり返って睨み返す。こうなるといつもの調子だ。
「なんだよ。だいたいおまえ、最初に俺の言うこと聞くって約束しただろ。こういうときくらいおとなしく聞いとけよ」
「誰がそんな約束をした」
「50年はおとなしく付き合ってやるっつっただろ」
「おまえの言うことを聞くって契約じゃないぞ」
「いやそういう話だった。50年は下僕になってやるから下僕になれってことだろ、つまり」
 ウルは頭を抱えた。その認識はおおむね間違ってはいないのだが、何かしらウルの認識と大きく食い違っている。しかし今までこれで丸く収まってきたのだからこれでいいのか?
「こんな身体にしといて、俺を放り出してほっつき歩いてんじゃねえよ」
 すでに死んでいたメイヴィンを「人形」に押し込めて存在させているのはウルだ。土とウルの血が原材料の身体にとってウルの精気の補充は必要不可欠なもので、人間界におけるありていな言葉で説明するなら、メイヴィンはウルの使い魔なのだ。本来。
 しかし、メイヴィンの魂を「人形」に込めようとしたときの約束で、50年くらいは人間界で彼の希望に付き合ってやってもよいと言ったばかりに、なぜか主人のはずのウルが下僕のはずのメイヴィンに振り回される羽目になって今に至る。
「好きであっちに長居してたわけじゃない。ちゃんと帰ってきただろうが」
「いつもちゃんと帰ってくるって、誰が保証するんだよ」
 さっきまで睨んでいたくせに、メイヴィンはそう言い捨てながら目をそらした。ウルが目を見張る。
 何しろ相手がメイヴィンなだけに、ウルの不在にイライラしていたのは純粋に体調的なものだと思っていたのだが、今の態度はそうではないと示しているように見えた。
 ウルは皮肉に笑って、メイヴィンの赤茶色の髪をくしゃりと撫でた。
「心配するな。俺は決しておまえを置いていったりしない。万一おまえが不要になったところで、そのまま捨て置かれるなんて思うなよ。この人形(ひとがた)を崩して、おまえの魂だけ喰らって行くからな」
 その魂に惹かれてから、喰らってしまうことを考えなかったわけではなかった。永遠に自分のものにすることを。
 でもそうしてしまったら、この精気にあふれた金色の瞳に出会うこともなかったのだから、自分の行為は間違いではなかったとウルは思う。
「おまえは俺のものなんだ。俺のいない人生を送らせてやるつもりも、まして転生なんぞさせてやるつもりもないんだから、俺がいなくてもおとなしく待っていろ」
「なんか……呪われてるっぽいな」
「なんだ、今頃気づいたのか。おまえが俺を呪ったから、俺はおまえに呪いをかけた。そういうことだよ」
 執着はお互い様だ。形は違うにせよ。
「だからメイヴィン、俺を侮るな。おまえがこれ以上、魂を危険にさらすようなら、俺は50年も待たずにおまえを連れて行く」
「あっちには、俺をぶっとばした変なのとかがいるのに?」
 気持ちの悪い影を思い出して渋い顔になったメイヴィンが訊ねると、ウルはそれこそ気味が悪いほど危険な笑みをみせて返した。
「俺は俺のものに手出しされて見逃せるほど心が広くないんでね。直に、おまえに手を出そうなんていう阿呆はいなくなる。だから、安心して付いてこい」
「はあ」
 まったく気のない返事にウルが笑う。今度は、容姿のままの好青年めいた微笑で。
「まあ、いいさ。それで何の仕事をする? 求人票を見に行かないのか?」
「おお! そうだ、明日こそ仕事しねぇとな!」
 力こぶを作って立ち上がるメイヴィンは、すっかりいつもどおりのメイヴィンだ。
 手早く身支度を整え、さっそく家を飛び出していく彼を、ウルは苦笑いで見送った。



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