世界の果てにて不毛な夢を見る者ども



“ウル”


「まるで動物園だな」
 ケリーの家は、実力ある呪術師が構えるものだけあって結構立派な作りで、目の前にある中庭も、大きな樫の木を中心にした広く美しいものだ。
 その中庭を前にしたウルの感想がこれだった。
 ウルの斜め向かいのベンチに腰掛けたケリーが、苦笑で返す。
「いちばんの猛獣を放し飼いにしてるおまえに言われてもな」
 猛獣は、野性味あふれるケリーの子供らと、ケリーの家で飼っている謎の獣らと格闘中だ。なかば本気になって10歳かそこらの子を追い回す姿は、到底成人しているようには見えない。
 黙っておとなしくしていれば、百獣の王の風格さえ感じさせるというのに。
「おまえから見れば、飼っているように見えるのか。それはよかった。最近、使いっ走りと誤解されて憐れまれることが多くてなあ」
 ウルは淡々と言いながらも、少し楽しそうだ。
 黒髪の美青年は、その端正な顔立ちや身体つきから、メイヴィンより線が細いと思われがちなのだが、実際には結構いい体格をしているし、結構いい性格をしている。
 実際振り回されているのがどちらなのか、それは他人にはなかなか判断しづらいところだった。
「まあ、メイヴィンのあれが天然だと知ってりゃ、誰も真に受けたりしないんだろうけどよ。奴は無駄に迫力がありすぎるからな」
「だな」
 思わぬ遠征になった仕事の帰り、「宿代の節約」のために立ち寄った旧知の男の家で、メイヴィンはすっかり『ただのガキ』な本性を現している。けれど、稼ぎを前にした鬼気迫る姿しか知らない者には、彼の言動は誤解を呼びやすい。
「まあ、主人を下僕と言い切る下僕はいないからな」
「別にあの頭悪いのを下僕にした覚えはない」
「じゃ、ペットか」
「…………まあ、しいて言うならそっちだな」
 ウルの本性を知るケリーは、さもありなんと訳知り顔でうなずいた。
 そうこうするうちに、ケリーの6歳の次男に噛み付く真似をしているメイヴィンを見つけて、ウルはにやにやと笑い、
「おい、俺の息子を食うんじゃねえ、ケダモノ!」
 とケリーが怒鳴る。
「あらあらまあまあ」
 ほんの十分目を離した隙に、混沌へと陥った中庭にお茶を準備してやってきたケリーの奥方が、いかにもケリーの奥方らしくのんきな声を出す。
「みんな、お茶の時間よ」
 その鶴の一声で、子供たちはともかく、ひとりのいい年した大人もぴたりと遊びをやめて、ひょいと振り返るのがおかしい。3人の子供たちとまだじゃれつきながら、5匹の小型の獣を足にまとわりつかせて、ウルたちのいる木陰のほうへ戻ってくる。
「おっ、リナの作る菓子は美味いんだよな」
 そういいながら戻ってきたウルのペットは、木陰のベンチに座るウルの足元にどかりと腰を下ろして、ケリーの家のペットたちとじゃれあいを続行するつもりらしい。
「けっ、この小生意気なっ」
 とか言いながら、すばしこい動きを読んで猫じゃらしのような棒を動かしている。
「お前は本当に野蛮人というか、躾がなっていないというか……」
「ペットの躾がなってないとしたら、主の責任だろうよ」
「そんなことだけ聞いていたのか、地獄耳が」
 ウルが耳を引っ張ってやると、メイヴィンはぺっと舌を出してみせてからテーブルの上に目をやり、伸び上がってケーキを一切れ手づかみすると元の位置へ戻った。
「どこの世に、飼い犬に貢ぐ飼い主がいるっていうんだ?」
「そうか? 都じゃ普通だって言うぜ。貧乏人より余程いいもん食ってるって」
「ああ、稼ぎの少ない甲斐性なしですまなかったな」
「そうだ、もっとがっつり稼いでくれよ。頼りにしてんだ」
 どうやら飼われることに違和感はないらしい。それでもしっかり金はよこせと言ってくるあたりがメイヴィンなのだが。
「違うことで頼りにして欲しいと思う俺は贅沢かね」
「贅沢だな」
 ケリーがたまらず吹き出し、理解しかねたらしいリナが小首をかしげているが、メイヴィンはそ知らぬ顔だ。
「お前はほんと面白いよ」
 ウルが手を伸ばして、メイヴィンの赤茶けた髪をわしわしとかきまぜてやると、躾のなっていない飼い犬は、
「俺は犬じゃねー」
 と吠えた。


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