世界の果てにて不毛な夢を見る者ども



“たたかう”


 なぎはらう、たたきつける、つきとばす
 メイヴィンの武器は、相手を切るものではない。それでも、ひとたび黒光りする長い棒が躍動しはじめると、知性の乏しい野獣も、狡猾な魔獣も、みな恐れをなす。
「しゃらくせぇっ」
 なにやら文句を言いながら、赤茶けた色の髪をした青年は、かなり小型のドラゴンの群れと格闘していた。
 大きさは大型犬程度で、これで成体なんだとしたら、ドラゴンと呼ぶにはちょっと気が引ける。はじめ二十頭近くいたのだが、情けない声を上げて飛んで逃げていったのが数頭。怒って吠えては、メイヴィンに噛 みつこうとしているのが残りのうち半分。もう半分は、ぎゃあぎゃあと後方で騒いでいるものの、メイヴィンが怖くて近寄りたくないらしい。
「なんか、お前が悪い人みたいだよな」
「うだうだ言ってる暇があったら、ちったぁ手伝え!」
「お前の自業自得なのに、なんで俺が手を出さなきゃいけないんだ?」
「がーーーーっ」
 腐ってもドラゴンというべきか、硬いうろこを持っているらしく、メイヴィンの攻撃を受けて吹っ飛んでも、すぐに体勢を立て直してわんわんと吠え立てる。
 その攻撃はしつこいことこの上なかった。


 メイヴィンにも別に悪気があったわけじゃないのだが、たまたま傷を負って凶暴になった猛獣を追い回している最中に、このドラゴンの群れの縄張りに入り込んでしまったらしい。
 できれば穏便に撤退したいのだが、向こうがそうさせてくれない。だから無理やり逃げ道を開こうとしてこの騒ぎだ。
「おわっ。ってー、やりやがったな!」
 それまで器用に小型のドラゴンたちの爪や牙の攻撃をよけては、ひょいひょいと棒で振り払っていたメイヴィンだが、無駄な殺生はすまいという遠慮があだになったのか、がぶっ、と左の腰あたり噛みつかれた。
 メイヴィンはたいして痛そうにも思えない表情で、自分に噛みついたドラゴンを見下ろし、その首を引っつかんで無理やり引き剥がすと遠くへ放り投げた。
 噛みつかれたあたりの服は裂けたが、血があふれた様子はなく、メイヴィンの動きにも支障はない。
 そのまま、何事もなかったかのように、ほかのドラゴンを蹴散らし続ける。
「まったく、もう。いつもこうだ」
 ただ、それまでただの傍観者に徹していたウルが、不機嫌そうに眉をひそめた。  丸腰で、メイヴィンと違って殺気を撒き散らしているわけでもないウルの周りには、一頭のドラゴンもいない。メイヴィンの連れだと見て襲ってくる様子もない。ドラゴンに見る目があるからなのか、ないからなのか、ウル自身にも判断しかねる。
 ついさっきまでは、独り奮戦するメイヴィンを見ていい気味だと思っていたが、雑魚相手に無駄傷を負ったとなると話しは別だ。
「散れ、弱きものども」
 一瞬、言葉に魔力をのせれば、効果はてきめんだった。
 しばしの間、おののいて動きを忘れた小型の魔獣たちは、我に返ると蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
「あっ、てめー、なんでそれを最初からしねんだよ、この役立たず!」
 普段よりガラの悪くなったメイヴィンが、舌打ちしてウルを振り返った。敵を討つことに執着しない彼は、目の前の相手を唐突に奪われても怒らない。むしろ、なんでもっと早くやっつけないんだと怒る。
 しかし、非難するつもりで振り返ったわりに、メイヴィンは即座に気まずげに目をそらした。ウルの目を見た瞬間、勝負あったというところだ。
「お前は、勝手に体を壊すなと、何度言ったらわかるんだ」
 他人がいると、温厚な常識人らしい仮面をかぶるウルだが、所詮こいつは人でなしだとメイヴィンは思う。薄っすら笑みを浮かべるウルの端正な美貌が、メイヴィンには世界でいちばん恐ろしい。
「勝手に壊してねーよ、お前が手伝わねーから悪いんだ」
 子供の言い訳のような台詞だが、メイヴィンは結構本気でそう思っている。ペットを甘やかしすぎなんじゃないかと、ケリーなら言うだろうが。
「ふむ。俺が再三警告したにもかかわらず、安易に崖下へ獲物を追い込んだ責任も、俺が取るべきだとそう言ってるわけだな」
「言ってねーよ」
 ウルの笑みがますます怖くなったので、メイヴィンはとりあえずこの場を離れて、元の目的――手負いの獣を追っていたのだった――を果たそうと身をひるがえした。
 が、ふと広がる匂いに足が止まってしまう。
「お前、怪我しただろう? そのままで行くつもりか?」
「たいした怪我じゃねーよ」
「あれは毒牙を持つ生き物だ。まあ問題ないとは思うが、早く直しておくに限る。ほら、来いよ」
「いいって言ってんだろ」
「本当にぃ?」
 よせばいいのに、思わず振り返ってしまうのは決して俺の心が弱いからじゃない、と何かに向かって言い訳しながら、メイヴィンはちらりとウルを見やった。
 なぜか血の流れる左の掌を舐め上げる、意図的に挑発的なポーズのウルと正面から目が合った。
 ごくりと喉が鳴る。
「早くしないと傷がふさがる。二度も自分で切る趣味はないぞ」
「よこせ」
 メイヴィンは、不敵に笑うウルに足早に歩み寄ると、その左手を引っつかんだ。そのまま血のにじむ掌に舌を押し当てる。
「お前、なんでこんなときまで横柄なんだ」
 言いながら、ウルはメイヴィンが逃げないように体を捕まえる。
 ナイフで薄く傷つけただけの掌の傷は、たいした出血量もなくて、メイヴィンはさっそく不満げに傷口をこじあけようと……
「おい、こら」
「ケチ」
「お前にだけは言われたくない。こら。じっとしていろ」
 左手の自由を取り戻したウルは、その手でメイヴィンを捕まえると、右手で彼の腰の辺りを探った。
「あんな小物相手にこんな怪我をするとは、許しがたいな」
 怪我の具合をみて、不機嫌を思い出したように顔をしかめる。
「なんでお前に許されなきゃなんねーのよ」
「お前の体は誰のものだ?」
「俺のだ! おい、済んだなら離せ」
「まったく。お前はどうしてこう偉そうなんだ」
「偉いからだ! 奴から相当遅れをとった。見つからなかったらお前が責任取れよな」
「はいはい」
 メイヴィンはウルの手をひっぺがして距離をとると、妙に理不尽な台詞を吐きながら歩き出した。
 すでに、見失った猛獣を追うことに意識を移しているらしい彼を、ウルも苦笑しながら追いかける。
 賞金がかかっている当の獲物を逃すと、きっと「責任」としてその分の稼ぎは要求される気がするので、あまり笑い事でもないのだが。
 ウルは、そんな状況も結構楽しんでいるのだった。



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