世界の果てにて不毛な夢を見る者ども



“人形” 2


 目が覚めたら朝だった。
「んあ?」
 メイヴィンは目を開けて起き上がって、何で野宿したんだと首をひねって、野宿するにはあんまりな自分の格好に気づいた。
「あんの野郎、いくら人目のない場所だからって、これはどうなんだ?」
 頭をぶるぶると振ると、髪の毛に絡まった枯葉が落ちてくる。上半身は素肌。まあ、着ていた服は裂けた上に魔獣の血をかぶっていたにせよ。下半身はといえば、靴しか履いていなかった。
「明らかに変態じゃねーか、これは」
 その恥ずかしい格好で、寝ていたというよりは気を失っていたのだろう。
 周りに、ウルに乱暴にひっぺがされた衣服がそのまま落ちていて、メイヴィンはとりあえず、履くのに支障のなさそうなズボンを手に取った。
 ウルの気配はない。
 昨日の流れからすると、大事な『人形』を壊されたくなければ呼び出しに応じろと脅されたウルは、その『人形』に治療と、ついでに八つ当たりをした後、呼び出しに応じてあちらへ帰ったのだろう。
 自分を『人形』呼ばわりした気持ちの悪い声を思い出し、メイヴィンは顔をしかめた。
「くそむかつく」
 悪態をついて自分の身体を見下ろせば、昨日、ウルの知り合いであるというあの影に傷つけられた痕はまったくない。全身にはウルからもたらされた精気が満ち、目が覚めてしまえば行動に支障はなかった。
「くそ、帰ってきたらどう落とし前をつけてやろうか」
 うなりながら、メイヴィンは立ち上がった。
 ウルの「同胞」とやらが現れたのは初めてだったが、ウルがメイヴィンの前から姿を消すのは別に初めてではない。だから、そのときのメイヴィンは、どうせ数日で戻ってくるんだろうと高をくくっていた。


 しかし、五日たっても、十日たっても、ウルは戻ってこなかった。
 ウルのいない不便をかみしめつつ、毎日金稼ぎに精を出していたメイヴィンは、めずらしく仕事を入れずにケリーの家まで足を運んでいた。
「ケリー!」
「あら、メイヴィンじゃない。いらっしゃい」
 立派な門構えの家の外で怒鳴ると、怪しげな呪術師の奥方とは思えない、ほやんとした雰囲気のリナが顔を出した。
「ああ。ケリーはいるか」
「いるわよ。どうぞ入って。今日はメイヴィンひとりなのね」
「ああ」
 リナはうなるようなメイヴィンの声に小首をかしげながら、夫は奥の書斎だと教えてくれた。
 どすどすと廊下を進んでいく足音に、『痴話喧嘩でもしたのかしら』と夫が聞いたら笑い転げそうな感想をもらしつつ、そそくさと退散する。のほほんとしているようでも、触るとまずい空気を察することはできるのだ。というか、そうでなければ呪術師の妻など務まらない。
「どうした、旦那はいないのか」
 書斎の扉を開けたとたん、ケリーにもウルの不在を指摘され、メイヴィンの額に青筋がたった。
「おぉ。そんなに尖がるなよ。ウルの旦那がいないから、自分で金を持ってきたんだろう。わかっているぜ」
「いつも通りで頼む」
 メイヴィンが懐から取り出したのは、ずしりと重みのある皮袋だ。ケリーの机の上に中身をあけると、きれいな黄金色の金貨が鈍い音をたてた。
 ケリーが真面目くさった顔で枚数を数え、金貨5枚ずつの山を4つ作った。
「100ガルド。たしかに」
 20枚のロート金貨で100ガルド。これだけあれば、独身者なら1年はのんびり暮らせるという金だった。
「いつもどおり、送金手数料と向こうの手数料で3ガルド引かれるから、97ガルドが払い込み分だ。いいな」
「ああ」
 金を受け取ったケリーは、机の上に置いてあった小箱に丁寧に金貨を納めると、あからさまに不機嫌な目の前の男を見上げた。
「旦那はいつからいないんだ?」
「知らねえよ。んなこと」
「知らねえじゃないだろうよ、おまえ。猛獣を放し飼いにしていいとでも思ってるのかね、ウルの旦那は。いつ帰ってくるとか聞いてないのか」
「知るかっつってんだよ。俺はてめえと世間話しにきたんじゃねえんだ」
 ひときわ低くうなられて、ケリーは「おぉ、怖」とさして怖くもなさそうに身体を震わした。
「じゃ、金はいつもどおりに振り込んでおくぞ。旦那が帰ってきたら、俺のほうにも顔を出すように言っといてくれ」
「……おう」
 あんな奴のことは知るかと言おうかと思ったが、さらにケリーに馬鹿にされるだけだと思い直して、メイヴィンはうなずいた。ウルが二度と帰ってこなかったとして、メイヴィンには何の責任もないのだし、金を稼ぐのにはちょっと困るが、生活に困るわけではない。
 とっととケリーの家を辞したメイヴィンは、家路を急いだ。ケリーの家はメイヴィンの住む町から遠く、往復で1日半はかかってしまう。いまはもう夕方だが、宿代がもったいないので徹夜して帰ろうとメイヴィンは考えていた。
 ウルはケリーの家を訪ねるとき空間移動を使っているらしいが、当然メイヴィンにそんな器用な技はない。だったらケリーのところへ寄らなければいいのだが、メイヴィンは、自分が金を稼いで送金している相手の口座を知らなかった。
 ウルが姿を消して半月近く。ウルの手を借りられないため、あまり派手な仕事を請けられず、先月より実際の稼ぎはだいぶ減っている。ウルの生活費が減っている分なんとか今月分の金は用意できたが、次の1ヶ月ウルが帰ってこないなら、来月の送金は少なくしなければいけないだろう。
 それは、メイヴィンにとって我慢ならないことだった。



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