世界の果てにて不毛な夢を見る者ども



“人形” 3


 翌朝。
「よぅ。仕事見せてくれ」
 メイヴィンは、ケリーの家を出たときのままの不機嫌な顔で馴染みの事務所に押しかけ、いつもの調子で仕事をあさっていた。
「こ、こんにちは、メイヴィンさん。今日はあんまり大きな仕事はないですよ」
 挙動不審に陥った事務員が求人票片手に、半分裏返った声でこたえた。メイヴィンは実際、怒って暴れたり事務員に暴力をふるったりしたことは一度だってなく、そういう意味で実害のない良い客なのだが、いかんせん怖すぎた。
 目だけで人を殺せるんじゃないかと、メイヴィンの気に入りそうな『狩猟(ハンティング)』関係の仕事の求人票を探しながら、哀れ生贄にされた事務員は思った。カウンターの後ろで、数人の同僚が息を潜めているのがわかる。たまたま事務所に来ていた家政婦志望のおばさんは、隅っこの椅子からこわごわとこちらをうかがっていた。
「これは?」
 事務員のめくろうとしたページに指を突きつけて、メイヴィンが訊ねた。
「へ? あ、これは、その、日数がかかりますし、団体行動になりますから、その……」
「これにする」
「は? え、いや…………は、は、はい。承りました。で、ではご契約を……」
 あきらかにしどろもどろになって冷や汗をたらす事務員を冷ややかに見下ろして、メイヴィンは契約書にサインした。メイヴィンもさすがに、事務員の言いたいことはわかる。先日から極端に機嫌が悪いメイヴィンが、団体行動の狩猟につくのは他の傭兵にも雇い主にも迷惑だというのだろう。
 だが、メイヴィンという男。元々人の迷惑を顧みるような性格をしていない上に、金が絡んでくるとますますその傾向に磨きがかかってしまう。事務員の心配もどこ吹く風で、淡々と予定を確認し事務所を出た。
 その場にいた事務員が、がやがやと何やら言い合い始める様子が、手に取るように感じられる。ウルが何か仕込んでいったのだろうか。このあいだから妙に感覚が鋭くなっていて、メイヴィンが出て行ったと思って始められた噂話は、当の本人に筒抜けだった。
『やっぱり、ウルさんに振られたんですよ。じゃなきゃあんな落ち込んだ顔してませんよ』
『お前、あの鬼の形相見て落ち込んだ顔だと思ったのか? 信じられねえ』
『あの性格じゃあ、彼氏に振られても仕方ないよなぁ。上品そうな人だったしなぁ』
 いつのまにかウルとメイヴィンはカップルにされていたらしい。あながち間違ってはいないのだが、ついこの間までそんな噂はなかったはずだから、メイヴィンの不機嫌の原因を推測した結果そういうことになったのか。
 聞きたくもなかった自分の噂話に、メイヴィンは大きくひとつ舌打ちして、家へ向かって歩き出した。


 メイヴィンと一緒に仕事をするハメになった傭兵たちは、あからさまに不機嫌そうな彼の様子に驚いた顔はしたが、それだけだった。比較的大規模な狩猟で、火竜と思われる魔獣の棲みかまで、3日ほどの行程。明確に棲みかが判明しているわけではないから、捜索の時間も含めて、最低でも1週間程度は一緒に行動することになるのだ。最初から争いごとは起こしたくないだろう。
 集まったのは、メイヴィンを含めて3人の戦士系と、2人の呪術師系の傭兵。猟師(ハンター)としての実力は折り紙つきの者ばかり。それだけ、厄介な魔獣が相手だということだ。
 もっともメイヴィンは、依頼内容をろくすっぽ読んでいなかったので、これから何を狩るのかさえよく把握していなかったが。
 彼らが集まったのは、メイヴィンが事務所を訪ねてから3日後。
「依頼主のご指名で、俺がリーダーということになってる。不満はあるかもしれんが、よろしく頼む」
 彼らはめいめいに出発準備を整えて街の広場に集まった。リーダーを名乗ったのは、アミアスという名の剣士。メイヴィンも一緒に仕事をしたことがあるが、小山のような体格と、そのわりに素早さも持ち合わせた猛者で、この地方随一の傭兵とも言われている。
「アミアスに不満があるやつなんかいないだろ、なぁ」
 メイヴィンがはじめて見かける小柄な呪術師は、アミアスと同じく、この街に住む傭兵ではないようだ。
「今回は相方とつるんでないのか?」
 アミアスが不思議そうにたずね、それを後ろで聞いていたもう一人の剣士が、「それを聞いちゃ駄目なのに!」という顔をして焦った。
 メイヴィンは一瞬うなりかけたが、顔見知りの剣士の変顔に気が落ち着いたのか、ため息を一つついた。
「奴は実家に帰省中だ」
「なるほど」
 ウルがいれば戦力になったのに、と思ったのだろう。アミアスは少し残念そうだった。

 このあたりでは、街を少し離れると人気のない荒野が延々と続く。街道沿いであればそこそこの距離ごとに小さな町があって安全だが、街道以外の小径や森の中は、護衛や護身の呪符なしでは踏み込めない場所だ。
 一行は街をでて立派な街道をしばらく進んだあと、あまり利用されていないらしい荒れた道筋に入った。距離があることと、比較的平坦な道のりが多いので、皆馬に乗ってきていた。メイヴィンも、余計な出費だと腐りながらも、借りてきた馬に乗っている。
 あと半日ほどで予定の地域へたどり着く頃。小さな林があって、きれいな小川が流れていたので、彼らは小休止をとっていた。
「調子でも悪いのか?」
 めいめい馬からおりて、水を汲んだり飲んだりしている最中、アミアスがメイヴィンに訊ねてきた。
「んぁん?」
 メイヴィンが妙にガラの悪い応えを返したが、アミアスもこの男が始終こんな感じなのは知っていて、怒りはしない。実際は、熟練の傭兵であるアミアスをたてて礼儀正しくするべきだろうが、ウルに言わせれば「馬鹿につける薬はない」というあたりをアミアスも悟ってしまっているクチだろう。
「あまり食ってないようだったからな。敵は一筋縄じゃない、体調不良でかかったんじゃ、怪我の元だぞ」
「あぁ、わかってるよ。心配はいらねぇ」
 メイヴィンはひらひらと手を振った。
 体調が悪いわけではない。ただ、不機嫌を押し込めるのに疲れているだけだ。メイヴィンは自分の状態をそう判断していた。いまの顔で、不機嫌を抑えられていると思っているあたりがメイヴィンらしいが。
 もはや自分がどうして不機嫌なのかさえ、よく分からなくなりつつある。
 アミアスがその場を離れると、メイヴィンは小川で顔をばしゃばしゃと洗い、濡れてしまったたてがみのような髪をかきあげた。
「くそ。絶対に、一度ぶん殴ってやる」
 誰をとは言わず、メイヴィンは拳を握り締めた。
 痛烈な気配に、背筋が粟立ったのはそのときだ。
「何か来たぞ!」
 メイヴィンの大声に、休んでいた他の者たちがとっさに武器を取る。
「上だ!」
 どうして今の今まで気づかなかったのか、という巨大な影が、風を切って上空を通り過ぎた。
「通り過ぎた!?」 
「いや、旋回してくる!」
 縄張りを偵察するドラゴンだった。黒々とした巨体と長い尾は、火竜の特徴として知られている。彼らの獲物に違いない。
 ドラゴンのほうも、良い獲物を見つけたと思って旋回してきたに違いないのだが。
「気づかれたのか?」
「来るぞ!」
「結界を張れ!」
「でかいな、ありゃ」
 標的の予想以上の存在感にざわめきたつ一行の中で、メイヴィンはおびえていななく馬の尻を思い切り蹴飛ばした。
 びっくりした馬が、慌てふためいて走り出していく。木立はすぐにとぎれて、視界のいい草地に変わる。飛び出した馬の姿は丸見えで、ドラゴンはすぐそれに気づくだろう。
 メイヴィンは、その後ろを追った。
「おい! 何をする気だ!」
「狩りだよ!」
 背後からアミアスの怒鳴る声がして、メイヴィンは彼にしては素直に返事を返した。
「無茶だ、あの馬鹿! 皆、ドラゴンの動きに気をつけろ、馬に気づいた!」
 ドラゴンは草地を走り出した馬に向かって高度を下げた。傭兵たちはメイヴィンを追おうとしたのだが、メイヴィンが速すぎた。
 馬に向かって降下するドラゴン。そこへ向かって突進するメイヴィン。驚いて駆け出したはずの馬になんで追いつけるのかと、一行が唖然としている間に、一回目の激突が起こった。
 ドラゴンは、馬の真横から降下してきていた。
 メイヴィンは、馬の真後ろから、人間とは思えない高さで跳躍した。そして、唯一の得物である例の黒光りする棒を、横なぎに一閃した。
 ちょうど馬に飛びかかろうとした寸前を襲われたドラゴンは姿勢を崩されて地面にたたきつけられ、地響きのような唸り声をあげた。そのままメイヴィンが真上に飛び掛るが、巨大な尾が横になぎ払われると、メイヴィンの身体は勢いよくすっ飛んだ。
「メイヴィン!」
 背後から、誰かの悲鳴があがった。今のは、明らかに背骨がへし折られたように見えたからだ。
 しかし、落下する猫のように空中で姿勢を整えたメイヴィンは、しなやかに着地すると、ダメージなど感じさせない様子でドラゴンに向き直った。
 仲間から矢が飛んでドラゴンの装甲のような鱗に突き立った。飛竜対策に開発された、矢じりに呪をこめたものだ。ドラゴンが、ぶるぶると首を振って、怒りの雄たけびをあげる。
 捕縛のための呪文を、呪術師が声を合わせて唱え始めた。
「抜け駆けはよくないぞ、メイヴィン」
 追いついてきたアミアスが、大剣を抜きながら声をかける。独断先行の仲間を叱るというよりは心配している様子だったが、メイヴィンはアミアスのほうを振り向きもしない。
「おまえらが遅いんだ」
 彼にしては、棘のある口調で吐き捨てて、ドラゴンを睨んでいた。



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