世界の果てにて不毛な夢を見る者ども



“人形” 4


 ドラゴンと人が呼ぶ生き物には、巨大で強力な魔力を誇るものから、小さくて狼程度の害しか及ぼさないものまでいろいろある。なんにせよ人間にとっては害獣そのものだ。特に魔力の強いドラゴンは、出没しただけで周辺を恐慌に陥らせる危険物だが、その鱗や牙がたいそうなお宝になるということで、専門に狩る猟師(ハンター)もいるらしい。
 一行に専門家はいなかったが、皆それなりに慣れていた。
「よし、かかった!」
 呪術師が捕縛の呪文を唱え終え、編み上げられた呪術が火竜の黒い巨体を覆った。
 棒で殴られ、矢を射かけられて怒りたけっていた火竜の動きが、目に見えて鈍った。
「いくぞ」
 火竜の動きを確認すると、アミアスが先陣をきった。ところが。
「うぉあああっ」
 ぐぉごごごごごごごご
 一度は捕縛できたように見えた火竜が、アミアスが切りかかろうとしたとたん、うなり声とともに火を吹いた。ブレスはたいした大きさではなかったが、至近距離にいたアミアスは、上手く避けなければ全身まる焦げになっていただろう。
 妙な叫び声をあげていったん下がったアミアスは、舌打ちして体勢を立て直した。
「気を緩めるなよ、おまえら!」
「わかってる! でかいんだよ!」
 アミアスが捕縛に失敗した呪術師に檄を飛ばせば、早口の弁解がかえってきた。
「おい、気をつけろ!」
 アミアスに先を越されたメイヴィンは、火を吹ききった隙を狙うかのように飛び込んでいった。またしても目を見張る俊敏さで一瞬でドラゴンの間近にせまると、高く跳躍し、首を狙って棒を一閃させる。
 痛烈な一撃を受けた火竜の頭が横に大きくぶれ、火竜はわずかによろめいた。着地したメイヴィンが次に脚をはらうと、さらによろめいたが、大きな翼を広げ羽ばたくことでバランスを確保した。
「ちっ」
 羽ばたきで生じた風にメイヴィンのほうが体勢を崩して、もんどりうつようにしてドラゴンから離れる。
 ぶおおおおおおおおおお
 大気を揺るがすブレスの唸りと、誰かの悲鳴が重なった。メイヴィンはほとんど本能的に横へ跳んだが、襲い来る紅い炎の渦のほうが速かった。
「メイヴィン!」
 援護の矢が放たれるが、怒り狂ったドラゴンは尾をふりまわして叩き落した。まずはこいつからと決めたらしい。どしどしと、半分焼け焦げたメイヴィンに歩み寄っていく。
 メイヴィンの衣服は、左半身がすっかり焼け焦げていた。火竜のブレスは鉄をも溶かすと言われるが、当てられたのが一瞬だったためか、あるいはほかの理由でか、ゆるりと立ち上がるメイヴィンには、さほどダメージを受けた気配はない。
「てめぇ、ぶっつぶす!」
 ドラゴンもまったく同感だっただろう。
 他の者たちを威嚇するかのように、呪文を唱えている呪術師へ向けてひときわ大きくブレスを吐いたあと、メイヴィンに襲い掛かった。
 あくまで例の黒い棒で戦うメイヴィンと、相手を引き倒し、踏み潰そうとするドラゴンのめまぐるしい攻防が起こり、他の傭兵たちは手を出そうにもその隙が見出せない。
「くそ、メイヴィンの馬鹿野郎め。ドラゴンにそんなに接近してどうする気だ!」
 呪術師が捕縛の呪文をかけようにも、メイヴィンが邪魔なのだ。
 アミアスはあせって叫んだが、もちろん、メイヴィンに作戦などあろうはずもない。
 しばらくは一進一退の攻防が続いたが、一瞬何かによろめいたメイヴィンをドラゴンの牙がとらえ、次の瞬間、アミアスたちはメイヴィンが左腕を深く噛みつかれ、振り回されるのを見た。そして、左腕を残して、メイヴィンの身体が吹っ飛んだところも。
 その凄惨な光景にもかかわらず、メイヴィンはひらりと着地してドラゴンに闘志むき出しのまま向き直ったのだが、戦闘はそこで終わった。
「ああっ! マジかよ!」
 ドラゴンが、何の前触れもなく、どさっと地響きをたてて倒れたのだ。そしてそのまま動かなくなった。
「まったく、許し難いな」
 メイヴィンには物凄く聞き覚えのある調子で、聞き慣れた声が響いた。
「てめぇ、来るならもっととっとと来やがれ!」
 振り返ったメイヴィンは、半分焼け焦げて、片腕がもげた状態で、至極元気に理不尽な抗議をした。
 背後では仲間があっけにとられているが、そんなことを気に留める彼ではない。
 別れる前に見たのと寸分変わらない、不機嫌そうな顔をしたウルは――当然、現れたのはウルだった――メイヴィンの連れの傭兵たちに目をやり、何か小さくつぶやいた。途端に、4人の人間がばたばたとその場に倒れる。
「お、まえ、何か変なことしたんじゃないだろうな」
 さすがにメイヴィンがしかめっ面になり、焦った様子で訊ねた。何しろ彼は、ウルが人間の命など実際のところは屁とも思っていないのだと知っている。
「眠らせただけだ。ああ、記憶もどうにかしておく必要があるな」
 雰囲気がいつもどおりだったので気にならなかったが、ウルの衣服はいつもとは違っていた。青光りするずるずるしたローブのようなもので、腰には幅広の帯を巻いており、長剣をぶらさげている。
 すたすたと、死んだドラゴンの脇を通って歩いていったウルは、倒れている傭兵たちのそばで何かして、すぐに帰ってきた。その間メイヴィンは、「地下ではあんな格好が普通なのか。ずるずるしてて動きにくそうだな。いつもは剣なんか持たないくせに、あっちだと持つんだな」などとつらつら考えていたが、あいにく鈍感なため、ウルがなぜ地族の国の衣装のまま現れたのかには思い至らなかった。
 帰ってきたウルはメイヴィンの前に立って、呆れたように見下ろした。
「どうした。力尽きたか」
「ん?」
 さっきまでちゃんと立っていたのだが、いつのまにか座り込んでいたらしい。メイヴィンは、呆けた顔でウルを見上げ、それから怒りを思い出したように顔をしかめた。
「てめーには文句を言うことがたっぷりあるぞ。俺が先だ」
「いいや、俺が先だ」
「てめぇ、くそむかつく!」
 いつもどおりの様子に、ウルが鼻で笑い、ますますメイヴィンはしかめっつらになった。



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