世界の果てにて不毛な夢を見る者ども



“人形” 5


 ウルはメイヴィンのそばに膝をついて、どうやら元気そうには見えても立ち上がる気力がないらしい相手を抱き寄せた。
「おまえという奴は、ちょっと目を離したらこれだ。勝手に身体を傷つけるなと何度言ったらわかるんだか」
「てめぇに言われたかねえよ! だいたいおまえがなかなか帰ってこねえから悪いんだろうが! こないだだっておまえのせいでぶっとばされるし、稼ぎをぶっ壊されて俺の面目丸つぶれだし、おまえがいねぇとイライラするし最近はなんかクラクラするし、俺が何したっつーんだよ、あぁ? おまえが全部悪いんだろうが!」
 口のほうは相変わらずである。到底、片腕をもがれ、半身が焼け焦げた人間とは思えない勢いだった。息を切らしたメイヴィンが黙るまでおとなしく聞いていたウルは、小さくため息をついて苦笑した。
 もともとこの性格に惹かれたのだ。ちょっと、いやだいぶ考えなしなのも含めて、ウルは気に入っている。メイヴィンの相手をしていると、殺伐とした帰省からこちらの世界に戻ってきて、ささくれだっていた気持ちが和む。和んでいる場合ではないのだが。
 ウルはメイヴィンの無事なほうの肩をたたいて、めずらしく素直に謝った。
「ちょっと戻るのが遅かったな。悪かった。あのクソ忌々しいフォルトブレイアのこともな」
「なんだよ口で謝ったくらいで許してやらねぇぞ」
 メイヴィンのほうはさっぱり素直ではなかったが、ウルの手が背中を撫でると、身体からはくたりと力が抜け、壊れた人形のようにウルの腕の中に収まった。それでも、顔は怒っているようだったし、瞳は金色に光っていたが。
「謝らないと怒るくせに。それに、俺が不在だったからといって、勝手に怪我していい理由にはならんぞ。身体はいくらだって治すが、魂に致命傷を負ったら、元には戻せないんだ。いい加減に理解しろ。というか、してくれ」
 メイヴィンはまだ文句を言いたげだったが、ふてくされた顔で目をそらしただけだった。
「さて、直すか。火傷をどうしてくれよう」
 ウルは気を取り直すと、腕の中のメイヴィンを見下ろした。
 左腕は肩からすっぱりなくなっており、左半身を中心に焼け焦げているが、出血した様子はまったくない。腕をなくした肩の断面は赤茶色をしていて、見ようによっては肉に見えなくもなかったが、ちゃんとした人間なら持っているはずの骨が見当たらない。焼けた肌は黒く爛れ、ウルが焼けた服の生地をはがすと、一緒にはがれ落ちる部分さえあった。焼けた肌を剥けば、そこはやはり赤茶色をしている。
「焼けたところは全部駄目だな。まったく、あれくらい避けろよな」
 せっせとメイヴィンを裸に剥きながら、ウルがぶつぶつと言う。
「見てたんなら止めろよな」
「……地界から遠視したんだ。阿呆」
 なんだ、そんな遠くからでも俺が見えるのか、さすがストーカー。などと、的外れな感想をメイヴィンが抱いたとは露知らず、ウルは淡々と作業をすすめた。衣服と一緒に肌の焦げた部分も全部そぎとってしまうと、地面の上にメイヴィンを横たえた。
「少し意識を落とすぞ」
「なんだよ。見せてくれねぇのかよ」
「見たいのか?」
「……いや、別に見たいわけでは」
 大々的になる術の間、黙らせておこうと声をかければ、メイヴィンのよくわからない文句が返ってきた。いつもの戯言と了解して、指先で魔法を紡ぐ。
 強い輝きを放ち続けていた瞳が閉じられて、ウルはひとつ、大きくため息をついた。


 目を覚ますと、自分の家の寝台の上だった。
「ん?」
 一瞬、何があったか思い出せず、起き上がろうとしたがそれもできなかった。
「腕はどうだ」
「ん、あぁ。どっちだっけ……こっちか」
 寝台に腰掛けたウルに淡々と話しかけられて、直してもらった腕のことだと承知したものの、今度はそれがどちらの腕だったかとっさに思い出せない始末だ。
 左腕を持ち上げて、手を開いたり閉じたりしてみるが、何の違和感もない。むしろ、それが新品だというほうが違和感があるだろう。
「うん。問題ない」
「そうか。それはよかった」
 ウルの返事が淡々としすぎていて不気味だった。見上げる顔のほうは、相変わらずの不機嫌顔。まあ、それはウルだから仕方がないとして。
「ちょ、ちょっと待て」
 当然のようにメイヴィンの身体の上に乗り上げ、唇を求めて顔を近づけてきた相手を、メイヴィンは必死の思いで押しのけた。身体はきれいに直っているものの、力はいつものようには出ない。足りていないのだ、それは認めたくなくても分かっている。そばに求めるものがある今となっては。でも、その前に聞いておかなくてはメイヴィンの気が収まらない。
「おまえ、火竜どうしたよ」
「どうって。そのまま置いてきたぞ。傭兵たちが目覚めて、自分たちの稼ぎにしただろう」
「それじゃ俺の稼ぎがなくなるじゃないか!」
 もちろん、メイヴィンの心配事はそれだった。当然気づかなかったわけではないウルは、あからさまにため息をついてみせた。
「竜を狩るにあたって、お前が何か役に立ったか?」
「関係ねえよ、あいつらに儲けがいくなら、俺だって金貰って当然だろ!」
「……ったく。その分くらいは俺があとで工面してやるからそれで納得しろ」
 いくらウルの魔力で直すことができるといっても、弱った状態のメイヴィンを荒野に長く置いておくわけにもいかず、空間移動で住処へ帰ってきたのは当然の選択だった。メイヴィンは納得しないだろうが。
「なんだよ、火竜の鱗はすげえ金になんだぜ。その分稼いでくるっていうのか」
「ああ、ああ。そうすればいいんだろ、そうすれば。だいたいおまえな、そんなに稼いでどうする気だ」
「送るんだよ」
「あちらさんだって、大金貰っても使い道に困るだろうに」
「そうか?」
「普通そうだろう。ほどほどにしとけ、おまえは十分役に立ってるよ」
「おまえに言われても信憑性に欠けるよな」
「……おまえという奴は、言わせておけば!」
 さすがに少しむかついたらしい。半分ふざけた風を装って、しかし半分以上本気で、ウルはメイヴィンを懲らしめにかかった。



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