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「お聞きいただけたのでしょうか?」
 険悪な色を隠しもしない、軍務大臣の声に、レイ・セリュウムは冷ややかな視線を投げかけた。
 王座にゆったりと腰掛け、頬杖をついた格好で、確かにやる気がありそうには見えなかったかもしれないが、この男はあまりにも単純すぎるとそう認識する。
 若すぎる王への反感を、こうもあからさまに見せつけて、それで許されると思っているのだろうか。
「ヴァン・クレイン。聞いていたな」
「はい。陛下」
 横に控えている腹心を呼ぶと、心得た様子で返答がある。
「南部のカーディス将軍に、警戒するようには伝えてあるはずだな。あとは……まずは戦力を確かめないことには仕方があるまい。調査の要員を、アルバレイズに依頼してみるか」
「まず、城主さまに話を通しておきますか」
「そうしておいてくれ。それから、軍務大臣」
「はい」
 相手は、腹の突き出た中年男だ。冴えない印象なのは、禿げ頭のせいか、濁った目のせいか。レイ・セリュウムは、前から彼に良い印象をもってはいなかったが。
「あまり芳しくない報告があがっている。何のことかわかるか?」
「さて……わたくしは精一杯職務に努めさせていただいて……」
「アズミ・フェルナ」
 男の斜め後ろあたりに、ひっそりと佇んでいた女を呼ぶ。軍務大臣は驚いたように振り返った。すらりとした細身の、鈍色の髪をした彼女が王の懐刀で有能な密偵であることは、軍務大臣の地位にある男なら当然知っていることだった。
「軍務大臣どのは、着任した5年前から、継続的にダリウの使者と面会していると、複数の関係者から証言が上がっております。ほか、近隣数国の密使とおぼしき者の出入りも、私の手のものが確認いたしました」
「そ、そのような。まるで私がモリアを裏切ったかのような、そのようなことは、断じて……」
「言い訳を聞きたいわけではない。先のダリウとの折衝は、どうやら何者かがわが国の手の内を明かしたとしか思えない成り行きだったのだよ。その原因を探っていて、私はおまえだと確信した。裁判は行うとも、わが国の法に従ってね。だが、言い逃れがかなうと思うな。私は、卑怯者を許すつもりはない」
 美貌の王の言葉には容赦がなく、男は顔をこわばらせ、脂ぎった顔に冷や汗を流していた。この温和そうに、優しげに見える若者が、実はかなり強引な政治手腕の持ち主であることを、男も知らないわけではなかった。
「まったく。おまえのような者をこの地位につけたゼイレックの気が知れないな」
 すでに即位の際に放逐した宰相の名を、いまいましげに口にして、レイ・セリュウムは続けて言い渡した。
「たった今から、おまえは軍務大臣ではない。自邸に蟄居して、裁判に備えるがいい」

 目障りな家臣をまたひとり、王宮から追い出し、レイ・セリュウムはひとまずの安堵の息を吐く。
 長く病床にあり、宰相の専横を許していた伯父の死後に即位した彼は、庶民には熱狂的な歓迎をされたし、一部の貴族からは反抗的な出迎えを受けた。
 彼は、モリア王家の伝統を受け継いだ、神秘の美貌の主であったけれど、母である王女が未婚のうちに産んだ子供であったし、その父親も高貴な家の出ではなかった。それに、即位と同時に自らの近臣の多くを要職に押し立てたことで、旧勢力の反感を買っていたのだ。
 けれど、責任感が強く、腐敗した政治に危機感を抱いていたレイ・セリュウムにとって、その早急な人事と急進的な改革は当然のことで、それから彼の王宮内での戦いは急速に進められてきたのだった。
 即位から3年が経ち、王宮はほぼ落ち着きを取り戻している。
 レイ・セリュウムの評判は、年々うなぎ上りだ。
 それでも、まだすべてが上手くいっているわけではなかった。

「騎竜部隊か……」
 レイ・セリュウムは、あまり言い馴れない言葉の響きに、眉をひそめた。
 軍務大臣の報告を聞く前に、アズミ・フェルナの報告からも、同じ情報を得ている。あえて、動くのを待っていただけだ。
 急いだところで、ある意味どうしようもない問題でもあった。
「ダリウは、竜の産地ですからね」
 桃の産地を言うのと同じ調子で、ヴァン・クレインが言う。
「モリアは魔術師の産地ですが」
「何かの冗談か、それは」
 レイ・セリュウムに冷めた口調で返されて、彼は小さく笑ってから表情を引き締めた。
「人の身で、かなう相手ではありませんね」
「少なくとも、騎馬部隊をいくつ並べたところで、正攻法では難しいだろう。だが、本当に騎竜を百も揃えたと言うのか?」
 竜と呼ばれる生き物は、世界には何種類もいるのだが、騎竜に用いられたのは、その中でも一番小型のものだと言われている。それでいて、象ほどの巨大さで、一般には2人の騎手によって操るという。
 竜はみな、魔力を持つ。空を飛び、火を吐く竜も多い。只人に敵うものではない。
 それゆえ、その恐ろしさは、伝説に語られ、正史に語られていた。しかしそれは、モリア王国が建国されてから、まだ一度も対面したことのない敵でもあった。
 竜は珍しい生き物であるし、なかなか人に従うものでもない。
「誰か、魔術師が噛んでいるか……」
「それを、考える必要がありそうですね」
 しばらく腕を組んで考え込んでいたレイ・セリュウムは、ひとつ大きな息をつくと、
「アルバレイズへ行く」
 そう告げて立ち上がった。

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