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 アルバレイズは、王宮を見下ろす位置にある。
 王宮のすぐ背後の、小高い丘の上に立っているからだ。一枚岩でできているらしいその丘が、魔術師たちの聖地だった。魔力を持つ人間は大陸中にいるが、魔術を操ることのできる人間は、この場所からしか育たない。
 そこには、常時数百人の魔術師と、その卵が暮らしていた。
 自らのもって生まれた力をはぐくみ、この世界の安定に、あるいは些細な人々の利便に尽くすため。
 アルバレイズに住まう彼らは、特定の力に与しないことを、最大の誇りとしている自治集団だった。

 レイ・セリュウム王の唐突な訪問が知らせられ、一応服装を整えて『王の間』へと向かいながら、ネイゼルは渋い顔をしている。
 ネイゼルは、史上最年少で城主佐になった。つい2ヶ月前のことだ。
 魔術の知識も教養も、それなりの経験も、アルバレイズに入って十五年で手に入れた。そして、大陸中の魔術師が目指す最高の地位を手に入れたのだ。たった25歳の若さで。
 明日は、ネイゼルがその地位に就いて最初の、大きな行事が待っている。本来ならば、2、3日前から精神集中を重ねて備えなければならないような、大きな魔術を使うため、王の呼び出しは嬉しくなかった。
 ただでさえ、昨日もケイトリン姫と王本人の突撃訪問を受けている。
 今度は何事だと思いたくなるのも、無理はなかった。
『王の間』……王がアルバレイズを訪れた際に、応接室や会議室として利用されているその部屋には、すでにほかの城主佐2人が揃っていた。
 扉から正面に位置する、王の席にいる人が、ネイゼルに微笑みかける。
「済まなかったな、ネイゼル。こちらに来てしまってから、明日の交代式の後にすればよかったと後悔したけれど……できるだけ早く話をつけたかったんだ。二人も、おまえ抜きで話を聞くわけにはいかないと言うし」
「お気遣いいただいて恐縮です」
 淡々と返すと、王は目を細めた。
「さて、ほかでもない、今日はアルバレイズに頼みがあって来た」
 目の前に置かれた陶器の茶碗をとって、ひとくち緑茶を飲んでから、レイ・セリュウムはネイゼルに視線を戻した。
「ダリウで、騎竜部隊が編成されたという情報がある」
 さして表情も変えずに、内心だけで驚き、すでにほかの二人には伝えられているのだな、と横目に確認してから、ネイゼルは王に問い返す。
「確かなものでしょうか」
「確証は何もない。私の手のものも、実際には竜を1頭見かけただけで、あとは又聞きしたという情報だ。だが、それも数日のうちには明らかになるだろう。ダリウが兵を動かした。4、5日もすれば、数年ぶりに本格的な戦闘に入るかもしれない」
「宣戦布告があったという話はきいておりませんが」
 城主佐のひとりである壮齢の男が尋ねると、王は首を振った。
「私も聞いていないな。だが、宣戦布告は戦闘がはじまった後というのも、よくある話だ」
 モリアと、その南方に位置する国ダリウとの間では、常に領土争いが絶えなかった。一応、河と山地が大体の国境として機能しているものの、鉄などの鉱脈がいくつも眠るその山地の所有権を巡って、際限のない小競り合いが続いているのだ。
 今現在、ダリウ側に大きな鉱山は1つもない。彼らが、モリア側の鉱山を奪い取ろうと兵を動かしても、何の不思議もなかった。
「騎竜部隊、とのことですが」
「ああ」
 30代半ばほどの、女性の魔術師が口を開く。城主佐の地位は3人対等だが、その中で一応、形式上の首座ということになっている、ネイゼルの姉弟子だ。
「竜を操るには、まず人ならぬものの言葉を理解すること。次いで、その高貴な意志を押さえ込むか、曲げてもらうかすること。最後に、そのとんでもない存在を乗りこなす度胸と腕が必要かと存じます。陛下も、そういうお考えゆえに、アルバレイズまでおいでになられたのだと思いますが」
「そうだな。ディスタどのの言うとおりだ。小型のものとはいえ、竜を操るなど、凡人には想像を越えている」
「私にも想像もつきませんが……ネイゼル、あなたはどう思いますか」
 話を振られて、ネイゼルは眉根を寄せた。そういう険しい顔をするから怖い人だと思われるのだと、ディスタにはよく注意されるが、ネイゼルの知ったことではない。
「騎竜の部隊だというからには、数頭の竜を寄せ集めただけではないのでしょう。となると、かなり高度な魔術の心得のあるものが関わっていることは、十分に考えられます。魔獣の扱いに慣れた調教師がいるという考え方も出来るでしょう。あまり聞いたことはありませんが、歴史で伝えられている以上、人が竜を乗りこなすことは、不可能ではないはずです。まあ、結局どちらにせよ、我々と関わりのある人物が、騎竜部隊の編成に携わっている可能性は高いかと思いますが」
「アルバレイズにいたことのある人間、と見ていいのだな」
「九割がた、そうだと申し上げてもよいでしょうね。あくまで私見ではありますが」
「ほかの2人も同意見か?」
 レイ・セリュウムが問い掛けると、2人は神妙にうなずいてみせた。
 考え込むときの癖で、軽く握ったこぶしを口元にやって、レイ・セリュウムは目を伏せる。
「正直に言おう。無理は承知の上だが、アルバレイズの助力が欲しい」
 再び目を上げると、前にいる3人を見比べながら、彼はそう言った。
 やはり、と思いつつ、ネイゼルが渋い顔になる。残りの2人も似たり寄ったりで、互いに視線を交わした。
 ディスタが口を開く。
「具体的にどのような要求かによりますが。戦いに協力して欲しいとのお言葉なら、承諾しかねます」
「……と言うだろうとは思った。では、ダリウが抱えていると思われる、竜を操っている者の調査は? その者をダリウの軍から引き離せるならば、我々は騎竜部隊と戦わずにすむかもしれない」
「それだけでしたら……」
「私は、アルバレイズの掟を守るならば、その手のご依頼には応じかねると思いますが」
 口を開きかけた年長の城主佐に、畳み掛けるようにネイゼルが言った言葉は、かなり険悪な語調を含んでいた。
「陛下。確かに、騎竜は脅威かと思います。それがきちんと組織された部隊だったとすれば、まともに戦って勝てる公算はありますまい」
「だから……」
「ですが、よくご存知のとおり、我々は陛下の臣下ではございません。そうですね」
「ああ」
「我々、魔術師が、どの国でも等しく活動を行えるのは、ひとえにアルバレイズが一個の自治組織であるからだと私は考えております。アルバレイズは、どの国にも与することはできません。まして、戦争に手を貸すようなことは」
「だが、向こうは魔術師を……」
「それはそれ、これはこれです。アルバレイズには、何ヶ条にも及ぶ掟がありますが、私の知る限り、魔術師個人が国に仕えることを禁じた条文はなかったはずですよ」
 ほかの2人はといえば、ネイゼルに言われてみて、それは確かにそうだと思えてきたらしく、しかめつらしく頷いたりしている。
 レイ・セリュウムは、唇を噛んで、ネイゼルを見据えた。
「たとえ、我が軍が惨敗し、アルバレイズの麓にまで戦禍が及ぶことになったとしても、アルバレイズはモリアのために力を貸すことはないと、そういうことか」
「ええ。残念ながら。陛下と我々は、そういう関係なのではないでしょうか?」
 いつもの、険しい表情で語るネイゼルを、こちらもひどく険しい顔で見つめながらも、レイ・セリュウムは動揺に少し瞳を揺らした。
 その表情が、一瞬、泣き出しそうに見えたのは、ネイゼルだけだっただろうか。

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