6


 王都への凱旋は、予定より少し遅れ、夏の日差しがさんさんと照りつける暑い日に叶った。
 帰路の間中、王軍へは歓呼の声が注がれ続け、人々の熱狂は冷めることがなかった。当初、あまり大げさな凱旋を望まなかった王も、民の歓迎振りに押される形で、ゆったりと行軍することになったのだ。
 十数年ぶりの大きな戦果であったと、後に記念碑には刻まれた戦いは、モリアにしばらくの平穏と繁栄を約束するものであった。
 けれど、その最大の功労者が、凱旋の行進の中に存在しないことを、国王自身がいちばんよくわかっている。
 レイ・セリュウムは、ほとんど白に近い葦毛の馬にまたがり、白銀の甲冑に身を包んで、凱旋行進の中心にあった。
 笑顔を振り撒いているその様子からは察しがたいだろうが、かなりうんざりした気分で。
「陛下、笑みが引きつってますよ」
「馬鹿、私がそんなへまをすると思うか?」
「はあ。たいしたご自信で。ところで、結局どうやってネイゼルさまを説得したんです?」
 ヴァン・クレインの、何か含むところのあるらしい笑みに、レイ・セリュウムは今度こそ本当に顔を引きつらせた。
「おまえ、わかっていて言ってないか」
「何をでしょう?」
「言っておくが、本当に私は、何もしていないぞ」



 ネイゼルのしたことは、至極単純だった。

 騎竜部隊は、やはり騎竜部隊に違いなかった。
 しばらく様子を窺って、ネイゼルが断じたのは、それが「とある魔術師」に制御された傀儡であるということだ。
「操り人形と同じ、彼らには今、自分の意志というものがない」
 探りを入れるために、水鏡を覗いていたネイゼルは、そうレイ・セリュウムに告げた。
「それを目覚めさせることができれば、竜たちは勝手に自分のすべきことをして帰りますよ。ダリウの山奥か、海か、とにかく彼らの住まうべき場所へね」
 その方が、「とある魔術師」をどうにかするよりよほど簡単だろうと、ネイゼルは言った。
 アルバレイズに反逆して出て行った、災厄の種なのだと、こともなさげに。
「それって……」
「今はまだ、私にも迂闊に手出しはできません。強いらしいですよ。会った事がないので知りませんが」
 そう、笑ってみせて、ネイゼルはさっさと魔術の準備のためにこもってしまった。

 レイ・セリュウムは、自分が到着するまで、開戦を遅らせるように仕向けていた。
 ダリウに、モリア王が出陣することを匂わせれば、それは簡単に叶った。騎竜部隊で、一気に王を潰そうと考えたのだろう。
 そしてレイ・セリュウムは、ただ単純に、見逃した大魔術がどうしても見てみたかった。

 ネイゼルの魔術は、光の弧を描き、国境の土ばかりの大地を鮮やかに彩った。
 そして、初めて見る竜に色めき立つモリア軍の兵士たちの目の前で、騎竜部隊のすべてを青白い光で包み込んだ。
 きらきらと光るそれがすうっと消えていったと同時に、整然と並んでいた竜たちが動いた。つい今しがた目覚めたかのように、鎌首をもたげ、怪訝そうにあたりをうかがい、同族たちと声を交わし。
 竜に乗った騎兵たちが振り落とされ、竜が次々と天空へ飛び立つまでに、さほど時間は要さなかった。
 すべては、敵の魔術師が改めて竜を縛りなおす猶予もない、ほんの数分の間の出来事だった。

 その直後、自軍の勝利を疑うことなく、ただ見届けるためだけにやってきたダリウ軍を、モリアの王軍が蹴散らしたのだった。



 ようやく軍装を解くことが叶い、レイ・セリュウムは安堵のため息を吐き出した。身体はそれなりに鍛えているが、不必要なときにまとう甲冑ほど、疲れるものはない。
 近習を下がらせて、柔らかな寝椅子に座ってしまうと、このまま横たわって眠ってしまいたい衝動に駆られた。
「なんで……王宮に帰ったら、会えるだなんて思ったんだろう」
 愚痴がこぼれ出る。
 自分の役目を終えると、ネイゼルはさっさとひとりでアルバレイズへ引き上げてしまった。
 それ以来、もう一月も会っていない。
 再会して、言葉を交わすようになってからさえ、半年ほどしか経っていない。まともに会話をしたのは、あのアルバレイズのネイゼルの部屋で2人きり、口づけを交わした日から、ほんの何度か。
 口づけだって、身体が触れ合ったのだって、その日だけだ。
「どうして……」
 そう簡単に会えるはずがないのだ。相手は、アルバレイズを護るべき人。自分は、王宮内で護られるべき人間。2人の居場所は、近いようで遠い。
 想い人のつれない姿や口調を、なんとなく思い返しながら、レイ・セリュウムはうつらうつらとし始めていた。
 ふわりと、窓を覆うカーテンが揺れて、静かな足音が近づいてきたのにも気づかず。
 やがて、その額に、柔らかな口づけが落とされて、
「セリュウム」
 ささやきに、碧眼がふと開かれる。
 目の前の漆黒の瞳に、レイ・セリュウムは幸せそうに微笑み、相手の首に腕を回した。
「そうか。おまえは、魔術師だった」
 ため息をつくように、そう呟く。唐突に、王宮の真ん中に現れることも、この人には不可能ではなかったと。
「ずるいな。私は、おまえに会いたくても、おまえのところまでは飛んでいけないのに」
「呼べばいい。あなたが呼べば、私はあなたのもとへ飛んできましょう。それがあなたの望みならば」
「そんなこと……」
 重い責を負うおまえの負担にはなりたくないのだと、レイ・セリュウムは真面目に言い返した。
 ネイゼルは微笑んだ。
「今さらですよ、レイ・セリュウム。私はとっくに、あなたの掛けた魔法で縛られている」
 髪をなで、やさしく口づけして。
 不思議そうな顔をするレイ・セリュウムに、ネイゼルは愛している、とささやいた。

fin.


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