朝の風景

「陽! 晴! いつまで寝てる気だ、もう7時だぞ」

 栗山家の双子の朝は、たいてい、この怒鳴り声からはじまる。
 目覚ましはちゃんと毎朝鳴っている。が、それで起きられるのは一週間に一回あるかないか。 どっちかの腕がにゅっと伸びて、頭の上のほうにある目覚ましを叩いてそれっきり、という日がほとんどだからだ。
「せーい、陽も、聞こえてるんだろう。あと10分以内に起きてこなかったら、これから一週間、片方、客間で寝させるぞ」
 十日にいっぺんは、両親のどちらかが口にする決まり文句。栗山家以外では通用しそうにないペナルティだが、これが効果てき面なのだ。
 現に、先に意識がはっきりしてきた陽は、思いっきり顔をしかめた。 学校で女の子たちに大人気の端整な顔立ちも、このときばかりはひどいものだ。
「……オヤジ、横暴っ」
「どこがだ。いつまでもいちゃついてないで、さっさと起きて来い」
 扉の向こうにいた父親の足音が、ぱたぱたと階下へ。
 眠い目を擦りつつ半身を起こした陽の隣で、巨大芋虫がもぞもぞと動いた。
「ん、あー、陽、おはよう」
「おはよ、晴」
 顔を覗かせたのは、陽よりいささか雰囲気の柔らかい少年。 髪色も、陽の髪が濡れ羽色という表現がふさわしい漆黒なのに対し、晴のは染めてもいないのに少し淡い色をしている。
 二人は、二卵性の双生児だった。
 という説明をしている間に、なぜか同じベッドで寝ていた少年二人が、朝っぱらから濃厚なキスをかましていたりする。
「ん、陽……」
 晴が甘い吐息をこぼしながら陽の背を抱く。
「ね、父さん、キレるよ」
「わかってるよ。でも、も一回……」
 ……
 ……
 ……
『二人ともー!! マジで別居させられたいの!!』
「ヤベ」
 階下から、今度は母親の怒鳴り声。
 唇を少し離しただけで見つめあいながら、陽は舌を出し、晴は苦笑する。
 最後に軽いキスを交わして、二人は勢いよくセミダブルのベッドから飛び降りた。



「はよ」
「おはよ。晴、食パン冷凍庫の中だから。今日、私は打ち合わせだからね、晩ご飯頼むわよ」
 晴がばたばたと階段を降りていくと、すでにパンツスーツ姿ででかける寸前の母親が、 これまたばたばたと資料を入れたファイルケースを探しながら声をかけてきた。
「わかった。適当に作っとけばいいんでしょ。父さんは?」
「本人に聞いてよ。あー、もう、ファイルはどこ!?」
『これじゃねーの?』
 洗面所から陽の声が飛んでくる。
「えー?」
 ばたばたと、陽より背の高い母親は洗面所へ。 どうして会社に持っていく資料が洗面所に置き去りになるのだか知らないが、ファイルケースは確かにそこにあった。
「ったく。あんたらがもっと早く起きてればもっと早く見つかったのに」
「そりゃあ責任転嫁だって」
「うるさい」
「うがっ」
 顔を洗っている背後から背中を叩かれて、陽は思いっきりむせた。
 そこへ顔を出した晴がけらけらと笑う。
「知、どうでもいいけど、おまえが遅刻するぞ」
 ダイニングで新聞を広げている父親が、もっともな忠告をしてくる。いつものことなので、ほとんど呆れ声だが。
「わっ、もうこんな時間? じゃ、もう行くね。あとよろしく」
 すごい勢いで、でも颯爽と、母親は家を出て行った。


「いつもながら騒がしい奴」
 ダイニングでは、父親の篤史が苦笑いしていた。陽が偉そうにうんうんと頷く。
「まったくだよ」
「ま、おまえらも似たようなもんだけどな。晴、俺の分も晩飯作っといてくれよ」
「へーい」
 コーヒーを飲みほして立ち上がると、こちらもすでにネクタイを締めて出かける直前といった様子の父親は、 つんつんと晴の首元をつついた。
「おにーさん、色っぽいもんが見えてるんだけどね」
「嘘っ」
「ほんと」
「陽ぉ〜。やっぱり痕になってるじゃないかー」
 晴が恨みがましい目で陽を見ると、陽はぺろっと舌を出した。
「だってさぁ、痕つかなきゃ意味ねーじゃん、キスマーク」
「ったく。そんなことしなくていいんだよ、おまえは」
「んがっ」
 食パンをかじろうとしたときに、頭のてっぺんをどつかれて、陽は蛙が潰れたような声を出した。
「ぐふっ、てめ、舌噛んだじゃねーかよっ」
 むせかけながら睨みつける陽に、篤史は勝ち誇った笑みを浮かべてみせる。非常に大人げないが。
「晴に噛みついてる暇があったら自分の舌でも噛んでたほうが有意義だろ」
「意味不明だって! もー、晴もなんとか言ってくれよ、このクソオヤジに」
「陽ってさ、俺の五倍は父さんと母さんにどつかれてるよね。あ、ジャム取って」
「はいよ。なー、オヤジ、晴がつれない」
「俺に振るなよ。それより、早く食えよ。俺はもう出かけるからな」
「今日は二人とも早いねえ」
「敏腕弁護士は忙しいのよ」
『は?』
「こら晴、どうしてこんなときだけ陽とハモる」
 篤史は双子の息子の胡乱な視線に苦笑し、ぺちんと晴の額をはたいた。
「じゃあな」
「いってらっしゃい」
「らっさーい」
 明るい晴の声と、どう考えても手抜きな(言うだけマシだが)陽の声とに見送られて、父親も出かけていった。


 二人だけになって、陽はふっと壁の時計を見やった。
「あのさあ、晴。毎朝子供をほったらかしにする放任主義の親と、寝坊すりゃ起こしてくれるんだけど 相手してると遅刻しそうになる親と、どっちがいい?」
「あー、まあ、結局遅刻するのは自分が悪いってことだよきっと」
 現在、午前8時ちょうど。
 20分から朝のホームルームで、学校までは徒歩10分程度だから、まだ間に合わないわけではない。
 だが、朝ご飯をちゃんと食べていかないと怒られるし、両親とも早く出かけた日には後片付けも義務になっている。 結構エキセントリックな両親は、実は毎日学校を遅刻することくらいたいして悪いこととも思っていないから、 その教育を受けて鷹揚に育った二人は、のんびりと朝食を続けた。

 栗山家の朝は、だいたいいつもこんな感じである。


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