杷蓉の町は、さほど広くない。サリの足で30分もせっせと歩けば、東の城門から西の城門まで行き着いてしまう。
 ちなみにサリは、走らせると速いが、歩くと驚くほど遅い。
 俊敏な陸上生物である父親と、飛ぶために生まれてきた生き物である母親の血を混ぜこぜにした結果、そんなことになったらしい。それでも頑張れば人並み程度の速度にはなるから、時速3キロ程度のスピードは出せるだろう。
 つまり、杷蓉の市街域はだいたい東西に1.5キロ、なのである。南北の広さも、そんなところだ。
 豊かなオアシス都市であればどこでもそうであるように、街には木々の緑があちこちに見られ、きつい日差しを遮る役目を果たしていた。
 賞金首の男は、街に入って馬を下りたのだろう。手綱を手に、ゆったりと歩いていた。あまり杷蓉に慣れないのか、それとも警戒しているのか、きょろきょろとしきりにあたりに目を配っている。
 追われている身なのだから、当然と言えば当然だろう。
 サリは、急ぎ足に男の近くまで寄っていって、しまいに通り過ぎた。気配さえ覚えていれば、後ろにいても動きはだいたい判る。人の気配がわかるのは、何も星樹だけの特技ではないのだ。
 サリと星樹とに見張られているのは、30歳そこそこの長身の男だった。麗藍の周辺で名の知れた強盗の一味だという。頑丈そうな、いかにも上質の血統の馬を持っているところも、その風体も、羽振りの良い旅商人のようだったが、サリの鼻も、星樹の目もごまかされない。
 血の匂いのする男だった。
「でも、獣じゃないな」
 サリは心中で呟く。
 魔族や、魔族の血を引く人間は、獣種とも言われた。変化したとき、獣の姿をとる部族が多いためだろう。人の姿と別の姿を併せ持つ彼らを、平原の民の多くは恐れ、忌避している。それは長い流血の歴史の結果でもあったが、流血を引き起こしているのは、何も獣種ばかりではないのだ。
 盗賊の男は、いくつもの隊商を殺戮した凶悪犯として、商人たちの組織から懸賞をかけられていた。


「どうした、深刻な顔して」
 ふいに。
 横から声を掛けられて、サリは思わず飛び上がりそうになった。
 振り向けば、いつの間にそこにいたのか、頑強な体躯の男が腕を組んで立っている。
 集中していたせいだと思いたいが、話し掛けられるまで、気配など寸分も感じなかった。
「なっ、なんだよ、カリアスじゃないか……びっくりさせるなよ」
「失礼な。杷蓉にいるとは知らなかったから、挨拶に来ただけだろ」
 男とは、同業者というだけでなく、幾度か行動を共にしてきている仲間でもあった。純粋な虎族のため、平原の人間は胡散臭がっているが、基本的に人間嫌いで人付き合いの悪い星樹が信用を置くほどに、男気のある人物だ。
 外見は27、8といったところだが、自己申告ではもう少し若いらしい。大作りな顔立ちで、お世辞にも美男とは言いがたいが、星樹の美貌の何十倍も、とっつきやすい印象ではあった。そのためか、あるいは大らかな性格のおかげか、女性には結構人気があるようだ。
 金髪というより黄色の髪を隠すように、頭に布を巻き、赤や青の刺繍の入ったまるで晴れ着のような服を着ている。
 腰には大剣がぶらさがっているが、それが鞘から抜かれたところを、サリは見たことがない。隊商を狙う盗賊が出たときも、妖獣に襲われたときも、カリアスは素手で戦っていたし、それで十分強かった。
「ところで、あのお綺麗な兄さんが見当たらないが、どこへやったんだ?」
 痛いところをつかれて、サリは顔をしかめた。二人はほとんどいつも一緒にいるから、たまに別れて歩いているだけで、知り合いには怪訝な顔をされる。
 はっきりいって、喧嘩しているのは訊くまでもないはずだ。カリアスの口元だって、よくよく見れば微妙に笑っている。
 サリはむっとして、唇を尖らせた。
「どうでもいいだろ。邪魔するなよ。ほらあの、郭田丙ってやつ、見つけたんだ」
 さすがに本人に聞こえるとまずいので、最後は声を低くすると、カリアスはにやりと笑った。ふ、と男の顔が近寄ってきて、耳元にささやかれる。
「へえ。それは気づかなかったな。なんだ、星樹と手柄を競ってるのか」
 ぞわ〜、と全身に鳥肌が立った。ので、慌てて飛びのいて、男との距離をあけた。
「そ、そんなんじゃ……」
 ない、と言おうと思ったが、良く考えてみればそんなようなことだ。
 一瞬前まで警戒していたのも忘れ、サリはきらっと目を輝かせてカリアスを見上げた。カリアスはさも楽しげにそんなサリを見ている。実際、見飽きない生き物なのだ。この子猫は。
「星樹より先にあいつの尻尾つかみたいと思うんだけど」
「報酬は?」
「俺が見つけたんだから、俺が6でカリアスが4」
「いいだろう。お得な仕事だな」
 重労働をカリアスに押し付けようとしているのは明白だったが、カリアスはあえて目をつぶった。うまく星樹を出し抜けたら、予定外の収入になるだろう。ついでに、あの美人の渋い顔を拝むのも、暇つぶしにはもってこいだ。


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