「なぁ〜、瓜、瓜買おうよ〜。いいじゃんか、ちょっとくらい。なぁ〜ってば」
「うるさい。おまえは贅沢癖がつきすぎだ。毎日毎日、瓜瓜瓜瓜と」
「だってさ、ずっと目の前にあるんだよ。もう、食ってくれって言わんばかりのあの、うっまそーな瓜! なーってばぁ」
こんなとき、星樹はサリを連れ合いにしたことをちょっと後悔したりもする。
ワガママな猫というより、聞き分けのないガキなのだ、こういうときのサリは。
もともと人付き合いの悪さや、長いものには巻かれない……どころか、短くぶった切りたくなる……ひねくれ具合が原因で故郷を出てきた男だ。
ねだられればねだられるだけ、買ってやる気が失せる。どうやらサリは、まだそのことに気づかないらしいが。
彼らがいっしょに行動するようになって、もう一年近くがたつ。
時には借りてきた猫のように、時には捕われた野生の虎のように、サリの態度はくるくると変わったけれど、その育ちのよいまっすぐな性格はとてもわかりやすく、星樹がサリの性格を掴むのに、たいした時間はかからなかった。
一方、元来が捻くれ者の星樹の思考回路というものを、サリは一向につかめないらしく、こうしてサリなりの正攻法で突っかかっては玉砕することを繰り返している。
そんなサリが単純で可愛い……と思わなくはないのだが、やはりそれより、鬱陶しいが先に来る星樹なのだった。
車輪をがらがらいわせながら、彼らの目の前を荷馬車が通っていく。荷台には、人の頭より大きい立派な瓜が大量に積み込まれていて、それがサリの目を釘づけにしているのだ。
麗藍から東へ二十日ほどの距離にある小都市、杷蓉の町外れで、ふたりは人探しをしている。
正確には、賞金首の捜索だ。
ふたりは、いつもたいてい、そんなことで路銀を稼いで生活していた。
賞金稼ぎというのは、名前の大仰さに比べるとわりあいに地味な生業で、なにより標的とする相手を見つけるまでが大変だ。
その点、見知った人物が近くにいればすぐさま察知できてしまうという、星樹の超常の力は、とても便利に働いている。
ところが、今回狙っているのは、星樹が会ったこともなければ見かけたこともない相手で、彼の能力はほとんどあてにできない状態だった。
「むー。まだ三日しか瓜はねだってないぞ。その前は、西瓜だった」
「おまえなあ……」
星樹の呆れた視線に、サリがむくれて見せる。
サリが今食べたがっているのは、淡い甘味のある、言ってみれば硬めのメロンのような瓜。そのちょっと前、西瓜、西瓜と言っていたのは事実だが、甘い瓜を食わせろと言っているのに変わりはない。
「だってさー。暑いし、目当ての奴は誰だかさっぱりわかんないし。だいたい、ここを通るかだって、本当は確証も何もないんだろ……つまんねーよ」
標的が杷蓉へやってくるという情報は、半月ほど前に星樹が得ていた。そこで彼らは、標的が利用しそうな道の端で往来を監視し続けるという、非っ常に地味なことをやっているのだった。
路傍のポプラの木陰は、日なたに比べれば圧倒的に涼しく過ごしやすいが、暑いことに変わりはない。
「おまえ、この程度で文句ばかり言っていてどうしろって言うんだ。おまえの父親のように、楽士の真似事でもして路銀を稼ぐのか? ああ、わたしが胡琴を弾くから、おまえ、踊るか?」
「無理、ぜったい無理」
「だったら文句言うなよ。たいした芸当もできないくせに」
「なんだよー、その馬鹿にした態度。星樹の力だって、たいして役に立ってないじゃないか」
「へーえ。おまえ、これまで自分がまともに食ってこられたのが、誰のおかげだと思っているんだ?」
険悪な雰囲気になってきた二人の前を、さらに違う荷馬車が通っていく。こちらも、瓜を山と積んでいた。
河畔を行くこの田舎道をいちばんよく通るのは、近くの畑から街へ農産物を運んでいく荷馬車だ。
街道から城門へと続く道は人目も多く、賞金首が堂々と使うことはないだろうと踏んで、ここを張っているのだが、のどかで爽やかな光景は人の心も穏やかにするものではないらしい。
「なんだよ! 自分ばっかりが偉いみたいに。別に星樹なんかに養ってもらわなくたって、俺だって、ひとりでやってくことくらいできるんだからな!」
いつもならここらあたりで不機嫌ながらも黙り込むサリが、今日はしつこい。売り言葉に買い言葉といった感じで飛び出した最後の言葉に、星樹は剣呑に目を細めた。
「そうか、よかったな。じゃあ、勝手にすればいいだろう」
冷え冷えと、周囲の気温を確実に氷点下まで落とすような声が返って、サリは完璧に頭にきてしまった。
いつもいつもいつもいつも、星樹はそうやって、サリを突き放す言葉を簡単に口にするのだ。
「……おまえなんか、大っ嫌いだ」
ぼそりと言って、勢いよく立ち上がると、すたすた歩き出す。
行くあてなどなかったが、とりあえずこの場を離れないことにはおさまりがつかなかった。
人目を気にして、飛んでいかなかっただけマシだろう。
めずらしく本気で怒っているらしいサリの後ろ姿に、星樹は苦いため息をついた。
追いかけて謝ればいいのに、と人は言うだろう。
無駄にプライドの高いきらいのある星樹にとって、それは無理な相談というものだったけれど、自分でもちらりと考えなかったわけではない。
今日の喧嘩は自分が悪いと、星樹にも自覚があった。
この半時間で何十回目にもなるため息をこぼして、星樹が道端の草陰から身を起こそうとしたとき、視界の端に見覚えのある風体の男がとらえられた。
星樹は思わず、ちっと舌を打っていた。
覚えがあるのは、その顔立ち。背格好も何も、世話になっている酒屋の主から教わった情報に一致する。
そう、その男は、星樹とサリが二月も前から居場所を探ってきた、問題の賞金首に間違いなかった。
目の前の賞金首と、歩み去って今はどことも知れない厄介な相棒。
天秤にかけるまでもなく、星樹は賞金首を選んだ。
麗藍の市街へ向かって、馬をゆっくりと歩ませている男の気配をしっかりと記憶に入れ、星樹は追跡を開始する。
ちらりと、気の強い少年の泣きそうな顔が浮かんだ。
「あいつだ」
サリは小さくつぶやき、少しだけほくそえんだ。
星樹と別れて小一時間。彼は、杷蓉の街中で西瓜をかじっている。
金銭感覚の鈍さから、連れにほとんど金を扱わせてもらえないサリだが、別に星樹にねだらなくたって瓜を買える程度の金は持ち合わせている。
このあたりは焼けつくような日差しの、乾燥した気候の土地柄だ。水気の多い瓜を水分補給にかじるのは普通のことで、何も星樹だって、瓜を買うなとは言っていないのだ。
要するに、さっきの喧嘩の真相はといえば、
「買ってよ」
「だめ、自分の小遣いで買え」
という、実にくだらない内容なのだった。
しかし、喉元過ぎれば何とやら。
決して喧嘩のむかつきを忘れ去ったわけではないけれど、まんまと美味い西瓜にありついたサリは、わりと機嫌を直している。
さらに、例の賞金首を見つけてしまったとあっては、気分が上昇気流に乗るのは当然の成り行きだった。
「あの野郎は……と。いないわけないか。星樹だもんな」
鼻をくんくんと動かして、サリは顔をしかめた。実は、星樹の匂いなら、この街中の雑多な匂いの中に紛れていても結構わかる。無論、風向きが悪いと匂い自体が届かないからわからないけれど。
尾行してきてるな、と判断し、サリは急いで道端の木陰から西瓜片手に移動した。
気配は殺してあるけれど、見られてしまえばおしまいだ。今彼に見つかるのは、物凄く嫌だった。
ちなみに、野生の獣のような彼が本気で隠れてしまえば、半神の超常の力も及ばないのだということを、星樹はまだ知らない。
かくれんぼは得意なんだと、サリは悪童そのものの笑みを浮かべる。
「だいたいさ、なんで俺のこと放っておいて金稼ぎのほうに興味がいくわけ? チンケな悪党なんかどうだっていいじゃないか」
ぶつぶつと言いながら……口に出してしまって彼に聞かれると厄介なので、ほとんどささやきにも満たない声だったけれど……サリもまた問題の男の尾行をはじめる。
絶対に、星樹には負けてやらないと思いながら。
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