give me...


12

「んっ」
 ずるりと、男のものが体内から引き出される感覚に、遥は小さな声をあげた。
「締めるなよ。抜いて欲しくないのか?」
「ってない……!」
 思わず、引き止めるようにそこを締めつけたのは本当。でも、肯定なんてとっさにできるはずもなく、意味もなく反論してみる。
 本当は締めつけたくせに、というふうに鼻で笑われて、かっと顔が赤くなったのがわかった。
 くい、と親指で頬を撫でられて、高岡を見上げれば、存外に真剣な目で見つめられていて、照れ隠しの言葉も口に出来なくなる。
「別に、毎日会いたいと思ってるのはおまえだけじゃない」
「……」
「わかってるよ、俺が悪い。それでも、な。俺だって、お前を欲しいと思ってるんだから」
「…………うん」
「嫌々同意するなよ」
「……身体だけ?」
「……遥の身体だけが必要なんだったら、とっくにどこか適当なところに監禁してる。わかるだろ? おまえの行動にやきもきさせられる必要もなくなって、一石二鳥だ」
 冗談めかして言う言葉が、全然冗談でないことを知っていたから、遥は唇を尖らして、触れてくる男の手を捕まえた。
「飼い猫に餌をやってる暇がないから、適当に外出歩かせてるんじゃないの?」
 指に噛み付いて、ふと思い出して男の肩に手をやる。さっきから気になっていたのだが、昼間噛んだ場所に、思い切り痕が残っていた。
 指でなぞると、高岡が不機嫌そうに顔をしかめる。
「おまえなぁ。さっきシャツ見たら、ちょっと血が付いてたぞ」
「うそ! 見せて」
 肩を引き寄せて、嬉々として観察しながら、遥はその噛み痕に舌をつけた。唾液で潤すように、ぺろぺろと舐めてみる。
「くっ」
「感じた?」
「馬鹿。痛いんだよ。まったく、ケダモノじゃあるまいに、噛むなよな」
 なおも歯形に興味津々の遥を引っぺがして、高岡が身体を起こした。
「?」
 まさか、いっぺんやっただけでもう終わりなんてそんな、普通の人間みたいなことがあっていいんだろうかと、遥が高岡を見上げる。
「なんだ、物欲しげな顔して」
「してないって」
「し足りないんだろ」
「さっき焦ってサカってたの、誰だよ」
「ほーぅ。そういうことを言うかね、うちの遥は」
 胸の尖りを、いやらしく弄られて、喉を鳴らしてしまう。言われたとおり、自分が物欲しげな顔をしているのが、なんとなくわかった。だって、もっともっと触れていたい。
 男が遥の唇を舐めるように、口づけてくる。
「遥」
 呼ばれれば、それだけでどこかが痺れる。
 もっと深いキスがしたくて、高岡の頭を捕まえたら、唇が半分触れ合ったような状態のまま、訊ねられた。
「話とセックスと、どっちがいい?」
「…………ズルイ!!」
 いや、完全に陥落した後で訊ねないだけ、親切なのか。その証拠に、高岡は笑いながら言葉を足した。
「両方?」
「当たり前だろう!」
「欲張りだな」
 触れてくる手が気持ちよくて、目を細めながら、遥は高岡を引き寄せた。
「ちゃんと言えよ。何も知らないまま、踊らされるのはごめんだ」
「寝るなよ」
「寝ないって」
 遥の髪の中に手を差し入れ、ゆるく頭を撫でながら、高岡はしばらく黙っていた。
 沈黙にもどかしさを覚えた遥が目をあけて、上目遣いに見やると、あやすようなキスをされる。
「寝物語にするような話じゃないんだけどな」
「なんでもいいから……なあ」
 シーツを引き寄せて、自分も遥もその中におさめてしまうと、高岡はひとつ大きな息を吐いて、話し始めた。


「英燐会が揉めてるのは、結局のところただの権力争いなんだが、ひとつにはあるドラッグをめぐる争いもあるんだ。DDって、売人や買い手は呼んでるが、スピードと成分も効能も似てる、覚醒剤だ。有働が、そのDDの流通の大半を握っている」
「ドラッグ……」
「ああ。やったことあるか?」
「ないよ。頭悪くなりたくなかったから」
「なるほどね」
 高岡は、おかしそうに笑って遥の頭を撫でた。
 子供扱いされているようで嫌だと言ったことがあるのだが、きっと高岡は、遥が本気で嫌がっていないのを知っているのだ。
「今、DDは裏で馬鹿にならない収入をあげはじめている。無論、皆それを知ってるが、組織の中の半数は、有働が金と力を持つのを快く思っていない。もう半数は、有働の勢いに便乗したい奴らだ。ほぼ2つに割れているといって、間違いではないと思う。それが直接、跡目争いにも関わってきてるから、ややこしいんだ。親父は、今はどちらかと言えば、有働に力を持たせたいらしいけどな」
「え、なんで。結局、有働と堀田真澄が、跡目争い? そういうののライバルなんだろ?」
「ライバルね……まあ、そんなようなものか。親父は兄貴を後継に据える気はないようだぜ。兄貴は曲者なんだよ。父親だからこそ、その怖さを知ってるってとこだろう」
 よくわからず、遥は首をかしげた。やくざが世を渡っていくのに、曲者というのは誉め言葉にはならないのだろうか。
「結局、あの男は、自分のことが一番可愛いのさ」
 とりたてて感情をこめずにそう言う、あの男とは、彼の父親のことだと、気づくのに時間がかかる。
「兄貴が上に立てば、必ず食い潰されると気づいてるんだろう。老い先短い身で、贅沢言うなってんだよな。兄貴だって、親父がおとなしく隠居してれば、そうそう鬼畜な手には出ないだろうに」
「ふぅん……。なんつうか、複雑なんだな」
「そうか? 単純な構図だと思うがな」
 知らない人の間のことだから、聞いたところではっきりしたイメージがわくわけではない。ただ、親子がいがみ合っていたからといって、別に驚きはしなかった。その間に挟まれる高岡の感情の方が、遥には気になる。
 けれど、それを問うのは何か、はばかられた。
「有働ってのは、そんな扱いやすい奴なのか」
「いいや、俺はそうは思わない。比較の問題だろうよ。俺に言わせれば、どっちを上にしたところで、親父の影響力が衰えていくことはどうしようもないんだ」
「そういうもん?」
「そういうもんさ。やくざの世界も、急速に動いてる。親父のような旧時代の遺産の力は、そう長持ちしない。任侠なんて、今どき流行らないだろ。金と、情報と、人脈を少々。そんなもんだと俺は思うね」
 なるほどと納得して、話が逸れていることに気がついた。
「で、最初の覚醒剤の話はどうなったんだ」
「ああ、あれか。つまりな、有働のルートを横取りしようとした奴がいるんだよ。兄貴と直接かかわりがあるわけじゃないんだが、少なくとも有働寄りじゃない」
「うん」
「その絡みで、会の中は本格的に揉めてる。いつ殺し合いがあってもおかしくない雰囲気なんだよ、少なくとも、寄り合いなんかではね」
「出たのか」
「録音を聞かされただけだ」
「はあぁ?」
「いろいろあるんだよ」
 詳しく話してくれるのはいいが、高岡が故意に自分の話から遠ざけようとしている気がしてきて、遥は高岡を睨んだ。
 高岡が苦笑して、遥の頭をくしゃくしゃと撫でまわす。
「わかったよ、ちゃんと先に言えばいいんだろ。兄貴に借りがあるんだ。それを返せってせびられてる」
「せびられてるって……なあ」
「別に、脅してまで拘束するほど、手駒に困っちゃいないんだろ。兄貴の方のはそれだ。で、親父がやくざの娘と結婚させたがってるのは話したな」
「うん」
 裸の背中を、やけに優しく撫でられた。
「心配しなくても、結婚なんかしないぞ」
「わかってるよ」
「だったらいいけどな。有働は、どこまで俺と兄貴の仲を知ってるのかが、いまいちわからない。兄貴とは表向き、あまり親しくしてないが、大っぴらにいがみ合ったこともないからな。俺を取り込めると本気で思ってるのかどうか」
「……」
「有働はブレインが欲しいんだろう。俺なら少なくとも、金に関するところの役には立つ。親父も、俺を薦めてる。だから、最近ちょっとお近づきになってるわけだ」
 高岡の言い方は淡々としていて、だから、たいしたことではないように聞こえるけれど。たいしたことないのなら、自分がこんなに悩むはめに陥っていないだろうと、遥は思った。
「伊織は、どうするつもりなんだよ」
 彼の話からは、何よりそれが見えない。だから、不安だった。
「どうってね」
 いやらしい手が、また動き始める。さっきまでの優しい手より馴染み深い、熱い手が。
「親父と同じで腹が立つんだが、俺も兄貴が怖い。あいつを敵に回すのは、御免こうむりたいね。まあそうでなくったって、有働に媚を売る立場になんか、なりたくもないが」
「怖い?」
「ああ、怖いね。おまえに嫌われることほど、怖くはないけどな」
 何を思ったか、唐突にくさい台詞を吐いた男の頬に、遥はぺちっと平手を当てた。別に力は入っていなかったから、高岡は機嫌よさそうに笑うだけで、遥は照れる自分を押し隠すように唇を尖らす。ついでに男の頬をひっぱってやったら、さすがに手を取られた。
「結局、あんたは兄さんに手を貸してるだけってことだと思っていいんだな」
「ああ。まあそんなところだ」
 この期に及んで、言葉を濁す高岡を憎らしく思いながらも、遥は目を閉じた。高岡の吐息を、間近に感じる。
「おまえに何を警告しても無駄なのかもしれないけどな、これだけは言わせてくれ。おまえは、おまえ自身が思っているよりずっと、知られているんだ。もし何かあったら、俺の力だけでは、どうにもならないこともある」
「わかってる」
「だといいけどな」
 反論の言葉は、口づけに飲み込まれた。
 結局、知りたかったことの半分も聞き出せていないと思いながらも、遥は高岡の手を許していた。
 惚れた弱みというのは、こういうことを言うのだろうと、ぼんやり思いながら。

back top next
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送