give me...


11

 高岡と知り合う前から、セックスは好きだった。
 ただし、相手は必ず女だったけれど。
 スポーツでもするようにベッドの上でじゃれあうことも、ただ快楽を求めて貪り合うことも、高校に入った頃にはすでに知っていた。ついでに言えば、その夜の相手を適当に物色することも、だ。
 同年代の少女たちに惹かれたことは一度もない。街で遥の周囲にいた少女たちといえば、くらげのようにフワフワしているか、躾の仕方を誤った小型犬のようにキャンキャンうるさいかで、遥には「女」に見えなかった。かといって、学校で同じ時間を過ごしている女の子たちはあまりにも別世界の生き物で、遥には近づく気力もなかった。
 年上の、少し落ち着いたふうな、無論遥の誘いに引っかかるのだから遊び慣れている、そんな女子大生か、OLか。大抵、そういう相手にばかり、目がいっていて。
 恋をしたことはなかったけれど、結婚するなら年上の女性がいいと思ったことはあった。
 昔から、自分が重症のシスコンなのはわかっていたから、自分の年上好みの原因もきっとそれだと認識していたけれど。
 今なら、違うと言い切れる。
 遥はただ、誰かに包み込まれることを望んでいただけなのだ。
 包容力があって、温かい胸と腕を持つ、そんな誰かに。


 9時過ぎにホテルへ来いと言われた遥は、一度部屋に帰って、しばらくは黙々と試験勉強をしていた。もっとも、期待と不安の入り混じった精神状態で、まともに頭に入るものでもなかったけれど。
 8時過ぎになってから、言われたとおりに明日大学へ行く準備をして、それからバスルームで身体の方の準備を。
 我ながら、なんて従順なんだと、遥はこういうときよく思う。
 でも、何もかも忘れてセックスに溺れたいと思っているのは、たぶん自分のほうだし、あそこの準備をしないで困るのも絶対に自分だ。なぜってそりゃあ……。
 ざっとシャワーを浴びて出てきた遥は、バスローブを羽織って自室へぺたぺた歩いていき、着替えをあさった。一瞬、自殺行為に走りたくなったが(ストレートに言うと、女装したくなったということだ)、それで抱いてもらえないと悲惨なので、普通の服を選ぶ。
 高岡は、今日は会社の取引先との付き合いがあるのだという。高岡より先にホテルに着いても仕方ないので、ことさらゆっくり準備していたのだが、家を出ようとしていたときにメールが入った。
 めったにメールなんかよこさない高岡から届いた言葉は、
『早く来いよ』
「なんて勝手な! だったら迎えにでもきやがれ」
 自分の心情を見透かされたような気がして、遥は毒づいた。自分の発想が、甘やかされることに慣れきっている、ということにはあえて目を向けない。向けたら、いつものごとく、ヘコんでしまいそうだから。


「遅い」
 部屋の扉を開けて一言目にそう言われて、反論しようとした瞬間に、乱暴に引き寄せられた。
 入り口のすぐ横の壁に押しつけられ、次の瞬間には口内を貪るようなキスを受けていた。
「んっ、いおり……なに?」
 力強い手が、痛いほどの強さで身体をまさぐりはじめ、遥は声をあげた。
 こういう高岡は知らない。余裕なく求めてくるようなことは、めったにないのに。
 遥の物言いたげなまなざしに答えようともせずに、高岡が遥のシャツをたくしあげる。その奥に覗いた淡い色の尖りに歯を立てると、遥の身体がぴくりと跳ねた。
 器用な手が、すばやくパンツのファスナーを下ろして、その中に侵入する。下着の上から、揉みこむような手つきで弄られて、遥は手を置いていた高岡の肩に爪を立てた。
「や、痛い、って……」
「痛い? 感じてるくせに?」
「ふあっ、ちが……んっ」
 違う、と無駄な抵抗を口にしかけて、その言葉も消え去ってしまったのは、下着の上から、半勃ちになった自身を咥えこまれたからだった。
 自分の前で膝をつき、自分の股間に口をつけている男を見下ろして、遥は混乱した頭で高岡はどうしたんだろうと考えようとした。夕方会ったときには普通だったはずだ。で、今の行動は普通なんだろうか。
 唐突に、目を伏せていた高岡が、遥を見上げた。
 挑発的な、からかうような目をして、赤い舌を見せつけ、下着を押し上げようとしている遥自身に口づける。
「あんっ……」
 やけに甘ったるい声が出て、思わず遥は自分の口をふさいだ。視線がかち合った瞬間、頭の中が真っ白になって、それだけで達してしまえそうだったのだ。さとられまいと息を整えようとしても、もう遥は立っているのもやっとで、身体の中心は、灼けそうなほど熱く疼いていた。
 下着に染みを作っている先端のあたりを、舌で執拗に攻められ、膝が震える。
「やめろよ……な、やだ、ベッド……」
 だいたい、伊織にフェラされるのは苦手なんだと、ぼんやり思う。69ならいいんだ、それは大丈夫。でもされる一方のはダメ。
 すっかり濡れた下着をずるっと下ろされて、はずみで遥は自分までへたり込みそうになり、高岡の腕に支えられた。
「なんだ、立ってられないのか?」
 見上げてくる目は楽しそうで、余裕綽々にも思え、やっぱり急かされるようなさっきの行動の意味がわからない。まさか溜まっていたとか?
「だから、ベッド行こうってば」
 開き直って、ぺたんと相手の前に座り込むと、高岡が微笑した。
「仕方ないな」

 結局、男はいつでも遥を甘やかしてくれる。
 そんなことは、遥もよくわかっているのだ。

 ひょいと荷物を担ぐように抱えられて、たいして離れてもいないベッドの上に下ろされた。
 ビジネスマンの滞在用に設定された部屋のようだが、そう広くはない。仕事用に、プリンターなども設置されたデスクが入って左側にあり、右側にセミダブルのベッドがあって、奥には一応椅子が2脚に小さなテーブル。高岡がここで活動していることを裏付けるように、デスク回りには資料のファイルや何やらが出してあったが、納谷に聞いたとおりなら、高岡はここにもあまり帰ってはいないはずだ。
「狭くないの、ここ」
 押し倒される前に、自分でさっさと靴と、靴下と、足に引っかかっていたパンツそのほかを全部足から引っこ抜いている間に、そんなことを言ってみた。
「狭いな。あいにく、連日スイートに泊まれるほど金持ちじゃないんでね」
「ふぅん」
 港区にあるこのホテルの宿泊料がいかほどで、高岡の収入がいかほどであるかなど、遥には全然わからないのだが、とりあえず相槌を打ってみる。
 とはいえ、納谷の話によれば、ホテルの滞在費を気にかける必要などないはずだった。納谷が言うには、ここは堀田の動かしている会社――フロント企業というやつだ――の名義で借りられている部屋で、ほかにもいくつか同様のホテルがあり、そこを転々としながら高岡は活動しているという。
 何をしているのか、までは明確に教えてくれなかったが、遥にもその見当はついていた。高岡が、その血筋以上にやくざの注視を浴びているのは、端的に言えば金だ。経営コンサルタントを本職にしている彼は、その一方で投機のプロでもあり、なぜだか知らないが違法な資金の動かし方にも精通しているらしい。
 いっそ、本気でやくざになってしまえばどうなんだろうと、思ってしまう瞬間がある。高岡ならば、裏社会を悠然と、何の迷いもなく歩いていくことも可能なのではないかと。
 それはたぶん、本当で、でも間違いだ。なぜなら、高岡伊織というプライドの高い人間が、他人に押しつけられて自らの生き方を選択することを、よしとするはずがないから。
 だから、遥が心配するのは、高岡の気持ちではない。高岡は、きっとこちら側へ帰ってくるつもりなのだと、気持ちはともかく、頭ではちゃんとわかっている。
 ただ、遥にとって今の高岡は、そうやって客観的に理解しようと努めねばつかまえられない、遠い存在だというだけだ。
「頑固だよな、伊織」
「何が」
「いろいろ。なあ……」
 男の首を引き寄せて、ベッドに倒れこむ。
「覚えてるか?」
「うん?」
「今年の夏は、ヨーロッパに連れてってくれるって」
「ああ、覚えてるよ」
 シャツを脱ぎ捨て、逞しい上半身をあらわにした高岡が遥を組み伏せる。肌と肌が触れ合って、安堵感を覚えた。
 キスを繰り返しながら、確かめるような手が遥の上半身をたどっていく。
「ちゃんと、予定立てとけよな」
「わかったよ」
 今の二人では、旅行どころではないだろう。二人きりで、のんびりとバカンスを楽しむムードになど、なるはずがない。
 すべてが片づけば、戻れるはずだと、思っている。不安を押しのけて、無理やりにでも。だから、早く、自分の側へ帰ってきて欲しい。
 高岡が耳朶を甘く噛んで、中を犯すように舌を差し入れてきた。
「んぁっ」
「わかってるから、いらないこと考えてないで、さっさと抱かせろ」
「なっ……」
「なんだって、こんなに信用がないかな」
 表情で、高岡の返答を信頼していないのがばれたらしい。高岡はしばし、ぶつぶつと文句を言いながら、せっせと遥の秘められた場所を開く準備を始めていた。

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