世界の果てにて不毛な夢を見る者ども



“メイヴィン”


「ちぇっ、チンケな仕事しかないなあ」
 メイヴィンが舌打ちして、鬱陶しげに赤茶色の前髪をかきあげると、求人票の向こう側に立っている若い事務員がたじろいだ。
 しなやかな猫科の猛獣を思わせる長身に、野生的な顔立ち、ときに金色に光る眼光の鋭さ。武器に使うのだろうか、黒光りする太くて長い棒をたずさえた彼の姿は、ひとことで表現すると『鬼』だった。
「や、一応これでも、ほら、このあたりですとかね……」
 カウンターに乗せられた綴りをめくりながら、事務員は慌てたように説明をつけたす。
「んんん〜、まあ、このあたりでいいっちゃいいんだけどなあ。もうちょっとパッと儲かる仕事はないかねえ」
「そう言われましても……」
 一度見たら忘れられないど迫力の青年だが、彼はそれよりも、金銭欲の汚さで有名だった。この人材派遣事務所に出入りしている中では指折りの腕利き傭兵だけに、ほかへ逃げられては困るから無下にできないのだが、勝手に報酬を吊り上げてこちらの営業利益を巻き上げようとするのはやめてほしい。
「よし!決めた。今日のところはこれにしとく」
 半時間ほどあーでもないこーでもないと文句をつけたあげく、メイヴィンにしては珍しく求人票どおりの内容で納得したらしい。意味なく自慢げな表情で、選んだ求人を指差した。
「こちら……害獣の駆除ですか。ネケット村周辺山地で、ワイバーン3頭……ワイバーン!?」
「何か問題が?」
「や、いえ、ではこちらの契約書にサインを」
 竜族の中では比較的小型とされるワイバーンだが、自由に空を飛ぶ生き物だ。ときおりその攻撃に悩まされる田舎の町では、金を出して呪術師を雇い、追い払うなり駆除するなりするのが慣例になっている。その募集要項にも、きちんと「呪術師」と書いてあったが、メイヴィンはまるっきり気にしていないようだ。
「あ、あのいつものお連れの方が呪術師で?」
 勇気を振り絞ってそう訊ねた事務員に、彼はなぜか可愛らしく首をかしげてみせた。
「そうなのか? ……うん、そうだ。そういうことだよ、君」
「…………」
 事務員に、それ以上問いただす勇気はなかった。メイヴィンは、それでよろしい、とばかりににやりと笑い、颯爽と事務所を出て行った。

 メイヴィンは、事務所を出ると迷いのない足取りでいくつかの路地を曲がり、人ひとりやっと通れるほどの細い路地の奥までやってきた。
 土色の壁が、3階建ての高さで両側にそそりたつ薄暗い空間。近所の子数人とすれ違ったが、互いに壁に背をくっつけるような格好で、それでも身体が接触してしまうような狭さだ。太った人とすれ違うのは無理だろう。
 路地のちょうど行き止まりの地点から、道を引き返すように細い階段がついている。それを15段駆けあがった上の扉が、彼の住まいの入り口だった。
「早かったな」
 扉が開くと同時に、中から声がかかった。
「いたのか」
「特に用もなかったからな」
 扉を開ければそこが居間で、小さなテーブルに椅子が2脚。その奥の日当たりのいい窓際で、黒髪の青年が本を手にこちらを見ていた。彼が「呪術師?」のウルだ。
「その分だと、もう仕事を決めてきたか」
 メイヴィンの顔だけ見てわかったのか、ウルがそう訊ねる。どこかうんざりした雰囲気なのは、この隠れ家のような家に昨日戻ったばかりだからだろう。
「おう。決めてきた」
 メイヴィンは、読め、とばかりに契約書の写しをつきだした。
 ほんの数秒、渡された紙に目を落として、ウルの唇の端がほんの少しだけつりあがる。
「何やらひどく違和感があるんだが」
「うーん?」
「なんでお前の金のために、俺がワイバーンを打ち落とさなきゃいけないんだ」
「そりゃあお前、お前が俺の下僕だからだろう」
「お前、いつ俺が下僕になった」
「ん? そんなもんじゃなかったか? とりあえずお前の稼ぎは俺の稼ぎだろ?」
「お前と所帯を持った覚えはないぞ」
「それも違うときたか……お前の金は俺の金、は当たり前として、俺のものはお前のもの……これはないな。なに?」
 ひとりぶつぶつ言っていると、隣からひどいため息をつかれて、メイヴィンは首をかしげて相手の顔を覗き込んだ。
「可愛らしい顔をして見せても無駄だ」
 と即座に鼻をはたかれたが。
「お前が俺を金儲けの道具としか思っていないのはよーくわかっている。それで、いつ村へ向かう?」
「そう来なくっちゃあ。被害が出ているらしいからな。早いにこしたことはないだろ。明日は準備に当てるとして、明後日にでも?」
「元気な奴だな」
「前回の仕事は稼ぎがイマイチだったからな」
「おまえはそればっかりだな」
 呆れた口調でも、ウルの表情はどこか面白がっているように見えた。


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