give me...


15

「ビデオ?」
 目に入ったものは、確かにそれだった。ビデオカメラ。しかも、本格的な感じのものが、三脚に据えてあった。
「なるほど。俺を撮って、どっかに送りつけるってわけね。直接高岡のとこってのは意味ないよな、有働か……それとも……?」
 そういうことではないかと、思っていた。
 堀田真澄の思惑というのは、こうだ。遥を拉致監禁し、高岡への牽制あるいは宣戦布告として用いる。それは高岡自身へのアピールではなく、高岡を取り込もうという誰か――有働であるか、彼らの父親であるかはわからないが――へのアピールとして機能する。2人の仲が決裂したと思わせることに、どんな意味があるのか、遥にはわからないが、確かに堀田は高岡の「敵」になりたがっている。
 そして、高岡の愛人である遥を捕まえて、利用する方法といえば、ひとつくらいだ。
 乱暴に、置いてあったソファに座らされ、遥は殺風景な室内を軽く見回した。
 地下2階。当然、自然光が入る窓はない。白っぽい蛍光灯の光が、室内を薄っぺらく感じさせた。八畳間ほどのスペースに、カメラと、ライト、黒い革張りのソファに、低い棚がひとつ。入り口のほかにドアがもうひとつあって、そのすぐそばに堀田真澄が立っていた。
「この部屋、裏ビデオでも撮ってるわけ?」
 そう思ったのも無理はない。まるで、実用性を感じさせない部屋の作りだった。といって、ベッドは見当たらないのだが。
「まあ、そういう用法もあるにはある」
 壁にもたれて立っていた堀田に目をやり、遥は顔をしかめた。
 なぜ、わざわざ堀田がここにいるのかわからない。こんなことは、手下に適当にやらせればいいことだと思った。
 だから、言ってみる。
「あんたが撮んの?」
「まさか」
「じゃあ、あれ?」
「売り物を作るわけじゃないんだ。別に、ビデオの使い方をわかっていれば十分だろう」
 遥が顎でしゃくってみせた坊主頭に頷いて、堀田はそう言った。ほかにもひとり若いのがいたが、どちらにせよ堀田真澄の存在感の影にあっては、おまけ程度のものだ。
「なあ」
「おとなしくしろよ」
 言ったのは、そのおまけの若いのだ。近づいてきて、何かしようとするので、遥は素直におとなしく従った。嫌がってみせるだけ労力の無駄だ。
「こんなことして、何の意味があるんだ」
「吉見にも、いろいろ訊いていたらしいな。"Curiosty killed the cat"(好奇心は猫を殺す)ってことわざを知ってるか」
「それはイヤミか?」
 catの意味を、思わず違う方向に訳して、遥は自分で顔をしかめた。堀田も最初からその意味で言ったのかもしれない。人を見下したような目が気に障った。
 さっきから手を拘束していた手錠を、「おまけ」がはずしている。がさごそやっているから目をやったら、遥が座っているソファには、革製の拘束具のようなのが取り付けられていて、それに手首を繋ぐつもりらしい。武器になるようなものはないかと、「おまけ」を観察したが、見た目でわかるはずもない。ナイフひとつでもあれば、この密室の3人をどうにかして、堀田を人質に脱出するというのもアリかもしれないが……素手で堀田を倒す方法は、想像もつかない。
 脱出を諦めて、「おまけ」のすることを見ていると、SMっぽいエロビデオの設定が思い浮かんだ。というか、それ以外に何があるのだろう。
「まわりくどいよな」
「舞台づくりに凝る方でね」
「あっそ。俺は気が短いんだ」
「だろうな。おまえの行動の節々に、思慮の足りなさが現れているよ」
 わざわざ怒らすつもりとしか思えない言葉に、ケッと鼻息荒く吐き出したきり、遥は黙った。
 別に、この男に何かを期待しているわけじゃない。趣味が悪いのは、きっと2人の男の共通の親のせいだろう。嫌だ、俺は親父似にだけはなりたくない、と現実逃避気味に考えていると、「おまけ」の手がパンツにかけられて、無理やり現実に引き戻された。
「脱がしていいんですよね」
「ああ。下半身だけな」
「なんだ、脱がすとこから撮らねえの」
「本格的なレイプビデオでも撮ってほしかったのか」
「やだ」
「なら黙っていろ」
 落ち着いた様子で、ピントの外れたことを言ってくる遥に呆れたのか、堀田が「おまけ」にさっさとしろと指図する。「おまけ」の名前も「坊主頭」の名前も堀田は呼んでいたはずだが、それらは遥の耳を素通りしていった。
 他人の冷ややかな視線の前で、他人の手で服を脱がされるというのが、これほど屈辱的なこととは知らなかった。下着もあっさりと脱がされて、さすがにそのときは「おまけ」の顎を蹴り上げたい衝動に駆られたのだけれど、実行には移せなかった。
 もともと遥は、勝算のない喧嘩はしない主義だ。
 臆病者……なのだろう。そうなんだと、思った。
 ただ、今も壁際で腕を組んでいる堀田を、睨み上げることしかできないのだから。


 両足を、胸につくほどに抱え上げられ、そのままの姿勢で革の拘束具を使って固定されて。
 羞恥で顔を上気させ、遥は目を泳がせていた。自分の唇が震えているのに気づいたけれど、何度か大きく息を吐き出しても、それは直りそうになかった。
「変態」
 男は、遥の悪罵に、どちらかといえば楽しげに目を細めた。
「伊織の前で、したことがないとは言わないだろう? そのカメラの向こうに伊織がいるとでも思えよ」
 当然、アドバイスではなく、嘲弄の一種である言葉に、心底むかつく。
 その、遥のあられもない姿を正面から捉えているカメラの、向こう側にいるのは、坊主頭じゃないか。
「おまけ」の指で、適当に中をほぐされて、やけに凶悪そうな見た目のバイブを挿入されてから、ビデオは撮られ始めたらしい。
「っざけんな。露出の趣味はねーんだよっ」
 ともすると、喘ぎ声になりそうな声を振りしぼって、遥は堀田を睨みつける。
 声が震えるのは、快感のせいじゃなく、体内のものの違和感と不快感のせいだ。それを証拠に、遥自身はまったく反応していないし、むしろ不自然で苦しい体勢は、遥に苦痛を与えていた。
「おまけ」がごくりと生唾を飲み込むのを、目の端にみとめて、舌打ちが出る。何の用があって、こいつがいるのかと思ってのだが、この段階に到るまでの作業でわかってしまった。こいつは、絶対ゲイで、ついでにSM趣味だ。
 堀田が、ふっと口元だけで笑った。
「気の強いことだな。まあ、そのほうがいじめ甲斐がある」
 どっかの誰かとおんなじようなこと言うな、というツッコミは、なんとなく口に出すのがためらわれた。言うことは同じだとしても、その意味はまるで違うのだから。
「おまえから、伊織を説得してやってくれ。あの取引から手を引くように」
「あの取引?」
 ふいに、ビデオのための演技に入ったらしい。堀田を見返したが、男は言えよ、というふうに顎をしゃくったきり黙っている。ただ、手の中の黒っぽいものをちらちらと振ってみせた。
 それがなんだかわかって、遥はまた舌打ちをした。
「伊織。あんたのせいで、俺はこんな目にあってんだよ。俺を助けようって気があるなら、こいつの言うこと聞けよな」
「演技が下手だな、おまえ。棒読みで言うことか」
「俺は役者じゃねえんだよ。伊織に言いたい事があるなら、自分で言えばいいだろっ」
 棒読みのアドリブでは、お気に召さなかったらしい。ムカついて、それでも言葉を選んでやっている自分は何なんだろうと思っていたら、唐突に身体の中から振動がきた。
「あうっ、やっ」
「反抗的な囚人には制裁が必要だな」
 バイブレーターはすぐオフにされたが、かき回された体内の違和感と熱さだけは残った。大人の玩具でいたぶられるのには慣れていると思っていたのに、気持ち悪くて吐き気がする。
「ほら、私の方ばかり見ていてどうする。伊織に言いたい事があったら、言ってやれよ。あいつしだいでは、今生の別れだ」
 そんなことを言っておいて、次の瞬間、堀田は手の中のリモコンのスイッチを入れたようだった。
「うっ、あ……んぁっ、あっ、やめっ……」
 体内の凶器が、再び鈍い唸りを上げて動き出す。今度は、一瞬ではなく、継続的に。抜け落ちないよう紐で固定されたそれは、自力ではどうすることもできない。動きに従って、身体が跳ね、足が空を蹴った。
 堀田は、自分でこの脅迫ビデオに出演する気はないらしい。壁にもたれ、腕を組んだそのままで、冷淡な目でこちらを見ているだけだ。手には、問題のリモコンが握られたままだけれど。
 必死に、快感ではなくて苦痛を追おうと歯を食いしばりながら、遥は堀田からビデオカメラのレンズの方へと目線を移した。
「ふっ、うっ……」
 屈辱的な、最低の行為なのに、慣れた身体はどうしても快楽を拾ってしまう。それが許せなくて、でもどうしようもなく、レンズを睨んだ。
 どうしてこんなはめに、と、今さらのように頭をよぎる。それは、絶対、堀田真澄がどう言おうと、高岡が悪いのだ。
 そう思った瞬間、腹の底からわきあがるように、熱い怒りが込み上げてきて、遥はそれをそのまま吐き出した。
「てめっ、んっ……こんのっ、間抜け! 自分のオンナ、兄貴に好き勝手されてっ、ぼんやりしてんじゃねぇよ!! ちくしょ、あぅ……今度、会ったら、ただで済むと思うなよっ」
「坊主頭」が、ビデオを撮りながら吹きだした。堀田も呆れたように目を瞠り、苦笑したのだが、荒い息をつきながら、まるでそこに高岡がいるかのようにビデオカメラを睨みつけている遥は気づかなかった。

back top next
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送