living on the edge



12.


 あまりの怠さと身体のあちこちの痛みに、俺は心中で元凶となった男を呪いながら目を覚ました。目の前は、白い光で満ち溢れていた。窓はやや西向きだったから、これだけ明るいってことは絶対に午後だろうと見当がつく。
 終わらないかと思われた夜は、あっけなく過ぎ去っていた。いつのまにか元の「監禁部屋」へ戻されて、元通りに手錠でつながれて、俺はベッドに横になっていた。
 無茶をされた身体は、寝返りをうつにも決心を必要とするような派手なきしみようで、清潔なシーツにくるまっているのは心地良かったけれど、この状況でもなおつけられた手錠に気分を悪くする。
「動けねえって。俺は」
 声も情けないほどにかすれていた。喉が渇いている。
 何か飲むものを置いてくれていないものかと、横になったまま室内を見渡せば、見覚えのないものが低いうなり声をあげながら床に鎮座していた。小型の冷蔵庫だ。
「あそこへ取りに行けと?」
 どう考えても、俺の飲み物用だろう。が、そのときの俺には、立ち上がって数歩の距離が非常に億劫だった。
 そうこうするうちに、高岡が部屋に入ってきた。
 ぼんやりと、喉の渇きと身体のだるさを天秤にかけているうちに、再びうつらうつらしはじめていた俺は、高岡が入ってきたことを感覚的に理解しつつも反応できなかった。
 ベッドが沈んで、近くに高岡が座ったのを感じて、ようやく目が開いた。
 高岡は、不思議な表情で俺を見下ろしていた。穏やか、というのだろうか。あれほど俺を苛んだ人と同一人物とは思えない優しげな様子で、髪を撫でられた。
 その優しげな態度のせいなのか、身体がだるすぎたからか、この男との接触に慣れてしまったのか、俺は抵抗もせずにその手を受け入れた。
「起きたのか」
「……ん。のど……」
「ん? ああ、喉が渇いたって?」
「……うん……」
 高岡は、半分干上がった俺の要望をすぐに気づいて、例の冷蔵庫からミネラルウォーターを出してきてくれた。起き上がる気力がなかった俺が、横向きに寝転がったままでいたら、勝手に抱き起こしてくれるサービスぶりで。
「あんた、仕事とかねえの」
 500mlのペットボトルを半分ほどあけて、ようやくひと心地ついた俺は、真昼間からのんきに俺の相手をしている男に訊ねてみた。
 昨日の昼間はどこかへ出かけていたが、たぶんいなかったのは5、6時間で、サラリーマンの仕事時間にはまったく足りていない。
「今日は日曜日なんだが?」
「……へえ。ふぅん……」
 今日が何日で何曜日かなんて、さっぱり考えてなかったので、俺はあんまり興味なく相槌をうった。
「でも、おとといもここにいたよな」
「そりゃ、おまえ。拾った猫の面倒を見るのに、一日や二日会社を休んだって罰は当たらないだろ」
「社長がぁ?」
 会社の社長をやっているということは、聞いていた。どんな会社なんだか、とは思っていたが。
 胡乱な目で高岡を見上げると、彼は苦笑して、ポケットから手錠の鍵を出した。
「腹減ってるだろ」
 わざわざ手錠をかけて監禁するなら、食事だってここへ運べばよさそうなものだけれど、高岡は俺の右手にはまった手錠をはずして、
「立てるか」
 とたずねた。
 身体を起こしてるだけでも、そのままベッドに沈み込みたいくらいだるかったんだけど、それでも一応床に足をつけて立とうとしてみたら、完璧に腰がくだけてずり落ちそうになった。
 突っ込まれるって大変なんだなあと、他人事のように感心していると、高岡にくすっと笑われた。
「歩くのは無理そうだな」
 誰のせいだとにらんでやりたいとこだったが、あいにくあんまり余裕がなかった。
 高岡はなにやら楽しそうに、俺の腰に手を回すと、ひょいと俺を抱き上げた。
 お姫様抱っこで。
 そりゃまあ、50キロ強ってとこの俺の体重は、そこいらの女に比べて格段に重いってことはないだろうし、このデカイ男が持ち上げられたとしても不思議じゃないんだが。
 なんと言っていいものやらわからず、とりあえず落ちないようにしがみついて固まっているうちに、高岡はすたすたと歩いてリビングまで移動すると、俺をソファにおろした。
 クッションの効いたソファに身をゆだねて、俺はため息をついた。自分の立場がよくわからん。
「何か食いたいものはあるか?」
「今から作んの?」
「ああ。まあ、パンとご飯と惣菜の残りくらいはあるけどな。ああ、あと麺類と」
「んー、なんでもいいけど……冷やし中華は?」
 室内は空調が効いていたけど、真夏の青空の見えるリビングにいると夏らしいものが食いたくなった。コンビニで何度か買ったきりで、特においしいと思ったこともない食べ物だったけど。
「冷やし中華ぁ? ……あったっけな」
「ないならいいよー」
 首をひねりながらキッチンへ向かう背中に呼びかける。
「いや、買ったような気がしてきた」
「あんた、どんだけ買出ししてきたんだよ」
「いや、そんなに買い込んできたわけじゃないんだけどな」
「俺って、いつまでここにいるの?」
 買出しというあたりから、ふと、大事なことに思い至ったので――忘れてたのかよ、というツッコミはなしだ――きいてみると、高岡は振り返って苦笑した。
「それを今聞くか?」
「聞いちゃ悪いか」
「いや。和やかな会話にそぐわない話題だなあと」
「誰のせいだよ」
「俺は、お前を手に入れたい。そう言わなかったか」
 真剣な目で見られて、思わず目をそらした。
「表現がちょーっと違ったような気がするけどな」
「ちゃんと覚えてたか。それはよかった。だからな、遥。お前がいつまでここにいるかというと、俺の希望としては、お前が堕ちるまでだ」
「はああ? あんた、こんなことしといて俺が、お、堕ちるとか思ってんのかよ!」
 大真面目にかなりアレなことを言われたもんで、思わず声を荒げたが、高岡はちっとも動じずに俺のところへ戻ってきた。
「それが、割と脈があるんじゃないかと、思い始めたところでね」
「マジ!?」
 思わず、自分の行動を振り返ろうとしていたら、あごに手がかかって、くいと上向けられた。
 顔が近づいてきて、軽いキスをされても、よけるのを忘れていたりなんかして、
「ほらな」
 なんか勝ち誇ったように言われてしまった。
 そういう問題なのか?


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