living on the edge



13.


 高岡が麺をゆがきながら、具の卵を焼いたりハムやきゅうりを切ったりしているのを、俺はリビングから眺めていた。といって、その手元まで全部見えるわけじゃなかったが。
「そんな真剣に見られたら緊張するだろ」
 対面式のカウンターから上半身だけ見える男は、こっちを見て苦笑した。緊張なんかしそうにない顔してるくせに。
 包丁がまな板にぶつかる、とんとんと小気味よいリズムから、高岡が料理に手馴れているのが如実に知れる。これまで食べさせられたものはどれもシンプルながら美味しかったから、早くも俺は彼の「餌付け」に引っかかりつつあった。
 母親の料理がマズかったわけじゃない。家に居つかなくなって、彼女の手料理を食べることもほとんどなくなったから、どんな味付けのどんなものを作ってたかさえ、記憶が曖昧なだけで。別に、高岡の作るもののほうが美味しいとか、そんなことじゃないんだと思う。
 ただ、「俺のために」料理をしてくれるというだけで、そんな高岡の姿にぐらっときたというか。いや、ぐらっとは言いすぎか、とにかく、高岡にとって俺に食わせるのは自然なことでも、俺にとってはすごく特別なことだったんだ。

「なにをぼーっとしてるんだ?」
 ギャルソン風の短いエプロンをつけた高岡が、できあがった冷やし中華の皿を持ってきて、俺の顔を覗き込んだ。
「ん……いや、なんでも」
「そう? どうぞ、召し上がれ」
「いただきます」
 ソファに座って飯を食うには、身体を起こさなくちゃならない。結構それはダルかったけど、冷やし中華なんて微妙に食べにくそうなものを注文したのは俺だったんで、仕方なくちゃんと身体を縦にして、綺麗に盛られた皿に箸をつけた。
 高岡は毎度のことながら俺の目の前に陣取って、あからさまに俺を観察する体勢だ。
「なに見てんの」
 しばらく黙って食べていて、やっぱりちゃんと座ってるのがきつくなってきて、俺はいったん背もたれに背中を預けた。ついでに、こっちを見ている高岡に声をかけてみる。
「なにって、おまえ」
「面白い?」
「ああ、面白いよ」
 なんだ、その人を馬鹿にした答えは。ちょっとムカッとして、何か言ってやろうと思ったら、先に話題を変えられた。
「食べられないのか?」
「ん、や、ダルイだけ。食欲はあるんでご心配なく。あ、美味いよ、これ」
「出来合いのもんだけどな。気に入ったならよかった」
 にっこり笑われて、なんか恥ずかしくなってうつむいた。なんで出されたものの味を誉めたりだとか、ガラにもないことをしているんだか。
 そうこうするうち、しばらく休んで落ち着いたんで、俺はまたなんとか身体を起こして食事を続け、なんとかソファに沈没するまえに皿の中身を空にできた。
 それからコップになみなみと入っていた麦茶を全部飲み干して、さらに半分追加して飲んだら少しは生き返った心地になった。死にそうにだるかったのは、あれだけ運動させられて、食事がほとんど二十時間ぶりっていうのも問題だったに違いないとつくづく思う。

 腹が満足したら眠くなって、俺はそのまま寝てしまった。そして、夜になって高岡に肩を揺さぶられて起こされるまで、ソファにうずもれるように熟睡していた。
 俺をリビングに置いといたのは、高岡がずっとその辺にいたからなんだろう。テーブルの上にはノートパソコンといくつかの分厚い書類が放置されていた。
「起きろ。いらないかもしれないが、晩飯用意したから」
「ん……?」
 俺は目をこすって、それから凝った身体をほぐすように伸びをした。
「もう、夜……?」
「ああ。よく寝るな。ゆうべから何時間寝てるんだ?」
「これまでずっと寝不足だったからだろ。こんなだらだら寝てたの、ほんと久しぶり」
「なんだ、くつろいでるのかよ」
 高岡は呆れたように苦笑した。
「仕事してたのか」
 訊ねてみると、半分他人事のような口調で
「やることはやっとかないと、絞められるからな」
 と返ってくる。このでかくて偉そうで俺様っぽい男を「絞める」部下?はすごいなあと、単純に感心した。
「まじめに会社行きゃいいのに」
「それは遠まわしに、寄るな触るなと言ってるのか?」
「ん……まぁそのような」
「心配しなくても、明日からはまじめに出社するぞ。そのために冷蔵庫を買ってきたんだからな」
 そういえば、監禁部屋にいつのまにか小型冷蔵庫が入っていたんだった。
「昼間ずっとあそこにいろってのかよ」
「そういうこと」
「ちぇーっ」
 食卓について、用意された晩御飯を食べながら――冷やし中華を食べたあとずっと寝てたわりに、食欲はあった――そんな話をしていた。
 微妙に、監禁生活について触れながらも、お互いちっとも深刻にならずに、ごく普通のテンションで。
「なあ、ほんとに帰っちゃ駄目なわけ」
 だから、さっき聞いたことをまた訊ねてみるのも、気軽なもので。
「だめ」
 という高岡の口調も軽かったが。
 さすがにそれじゃ昼間の二の舞なんで、目線だけで続きを要求すると、高岡は不満げに顔をしかめた。


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