living on the edge



15.


 気持ちが落ち着かない。
 翌日。朝の8時きっかりに高岡が会社へと出かけると、俺は「監禁部屋」に監禁されたまま、ひとりになった。
 やることをやっても、恥ずかしい目にあれこれ遭わされても、とりあえず高岡との会話の距離感は揺らぐことがなくて、彼がそばに存在すること自体は特に苦痛ではなかったんだけど。
 彼が存在しない時間は、とてつもなく苦痛だった。


 朝、起こされたのは7時ごろ。「それくらいはしないとマズイだろう」というよくわからない弁解とともに、ダイニングへ連れ出され、高岡と一緒に朝食を食べた。それから、高岡が皿を片付けたり出かける支度をしている間、リビングにほぼ放置されてテレビをぼんやり見ていて、高岡が出かける前に監禁部屋へと連れ戻されて鎖に繋ぎなおされた。
「昼には一度昼飯もかねて様子を見に来るから」
 彼はそう言い、出て行った。
 しかしこの部屋には、時計すらなかった。
「昼っていつだよ」
 俺がそうぼやいてから、何時間たったのか。
 最初の1、2時間くらいはたぶん寝てたんだと思う。でも、ここ数日、それまでの生活からは考えられないほど寝まくってたんで、ごろごろベッドで暇をつぶすにも限界があった。
 とにかく、時間をつぶそうにも、寝る以外の手段が何もない。
 携帯はないし(拉致られたときに、どこかで落っことしたらしい。あとから高岡に確かめても、見ていないと言うし)テレビもラジオも音楽を聴く道具すらもない。
 本も雑誌も、一冊たりとも。
「くそ……せめて暇をつぶせるものをなんか持ち込んどくんだった……」
 それまで、この部屋ではほとんど寝てただけだったせいで、気づいてもなかった。高岡は、たぶん気づいていてわざと、俺を何もない部屋に置き去りにしたんだと思うけど……。
 必然的に、ただただ考えをめぐらすことになる。
 何をどうやって、椎名は俺が薬物売買の首謀者だとやくざたちに信じ込ませたのか、とか。
 俺以外の、あのグループの連中はどうなったんだろうとか。
 高岡は、俺をこのままどうするつもりなんだろうとか。
 正直、高岡のことは考えたくなかったけれど、俺の脳みそは数分おきには必ず高岡のところへ戻ってきて……そりゃそうだ、いまいちばん考えるべき問題は、高岡への対処法なんだから……俺をときおり悶絶させた。
 だって、考えたくないじゃないか。
 前夜のあんなこととか、こんなこととか。
 油断すると、突っ込まれてゆさぶられる感覚だとか、耳元をくすぐる低い声だとか、大きな手が肌を滑っていく感触だとか、そんなことばかり脳裏によみがえってきて、いちいち暴れたくなる。
「うがああああああっ!! あのホモ!サド!変態!!」
 実際ベッドの上でじたばたと暴れてみて、お疲れの腰と、決して完治したわけではない打撲のあとと、あとは本来の使用法に反した使い方のせいでダメージが残っている某所に響くことがわかったので、暴れ方は抑え目に。
 でも、ひとりの部屋では、声を上げるのも結構むなしい。
「いつまで放っておく気なんだよ! さっさと帰ってきやがれっ」
 なんか、まんまと奴の策略に乗っている気がするのはこの際無視しよう。
 どうしょうもなくイラついて、当たるところがないから枕に八つ当たりして、でもそんなのはものの数分で飽きるわけで。
「ほんと、ふざけんのも大概にしろよな、高岡伊織」
 こんなこと続けられたら、堕ちるまえに気が狂う。
 結構深刻に、そう思った。


 結局高岡が帰ってきたのは、奴の時計で確認したところによると午後1時前だった。
 彼が顔を見せてすぐ、
「暇で死ぬ」
 と言ったら、意地悪くニヤニヤ笑っていたから、監禁部屋の異常な状況をちゃんとわかっていたんだろう。だいたいあの部屋は奴が意図的にセッティングしたものなんだし。
「外と通信できるものと武器になりそうなもの以外なら、リクエストすれば買ってくるぞ。何がいい?」
「何でも。テレビとかラジオとかオーディオとかゲームとか本とか雑誌とか……。あー、でも俺受験生なんで勉強したいんだけど……でも俺って夏休み終わったら学校行けるのか??」
 ちょっとだけ気になっていた。俺は高校3年生で、これでも大学へ行く気はあったんだ。
「まじめだな」
 なんか馬鹿にしたように言われてムカついたけど、たぶん馬鹿にしたんではなく、この状況で受験の心配をしているのに呆れたんだろう。まあ、どっちでも一緒か。
「とりあえずは、これで我慢してくれ」
 と、ここ数日分の新聞とか、高岡が持ち込んだ経済誌とかをリビングから持ってきて渡された。経済誌の難しげな中身をぱらっと見て顔をしかめていると、高岡がまた小馬鹿にしたように言う。
「おまえ、文系だろ。何学部志望だ?」
「え……決めてないけど、法学か経済か……」
「経済にしとけ。雇ってやるぞ」
 物凄く嫌そうな顔をしたら、高岡が吹き出した。奴は、俺の嫌がる顔が結構好きらしい。だからサドだって言うんだ。
「ちょっと立て込んでるんで、これで戻るから」
 昼飯に買ってきたらしいサンドイッチを渡されて、そう告げられた。そして、なんでだかぎゅっと抱きしめられて、本気で意味が分からなかったんで高岡の顔を見上げたら、さっきまでとは違う、やさしい表情で笑っていた。
「なるべく早く帰るよ」
 軽いキスとともに、優しげに言われて、思わずうなずいたりしたわけだが。
 新婚家庭のお見送り風景とかじゃないですよ?


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