living on the edge



19.


「……いいかげん離してくれないかな。遥?」
 耳元をくすぐる、笑いを含んだ声で目が覚めた。
 冷房の効いた室内は、むしろ少し肌寒いほどの気温だった。俺はぬくぬくとした物体に無意識にすり寄って、浮上した意識をまた沈めようとしていた。
「寝ぼけてるのか。しょうがないな」
 温かくて抱きつきがいのある抱き枕が動いて、俺をまとわりつかせたまま起き上がった。
「うわっ!!!」
「おはよう、遥」
「な、な、んで!?」
 一気に目が覚めて、ついでに血の気が下がった。なんで朝っぱらからこの男の顔を拝まなきゃ……って、昨日の朝だってこいつに叩き起こされたわけだが、これは違う。絶対違う。
「悪いな。お前が離してくれないから、とりあえず起こしてみた」
 全然悪く思っていないのが丸分かりの顔で、男が言う。
 俺はまだうまく頭が働いていなくて、高岡にくっついたまま何がどうなってるんだろうと考えていた。どうやらここは監禁部屋じゃない上に、抱き枕は高岡で、ってことは高岡と朝までいっし……
「なんで!」
「おまえ、状況を理解してないだろ。まだ寝ぼけてるのか? まあいいか」
 高岡は無意識にからみついたままだった俺の手をはがすと、ベッドの脇に立った。素っ裸だ。てか俺もだ。それで寒かったのかと、どうでもいいことだけ理解する。
「まだ早い。もう少し寝ていていいぞ」
「?」
「まだ6時」
 高岡が、枕もとの目覚まし時計を指差した。
「なんで俺がこの部屋にいんだよ」
 俺はようやく、「なんで」の続きにたどりついた。
「可愛くくっついたまま離れないから、そのまま寝たんじゃないか」
「嘘つけ!」
「鎖につないでおくのも、腕に囲っておくのも一緒だろ。それとも何か。この部屋に入るのはセックスのときだけにしたいっていうんなら、ご要望にお答えしてもいいけどな」
「話の展開がおかしいだろ、それは!」
 せっかくベッドから離れかけていた男が戻ってきてしまって、ついでに肩に手を置いてキスしてきたので、俺は間近で怒鳴り散らしてやった。朝っぱらからやられるのだけは勘弁してほしい。
 男はくすくすと笑った。俺の反応がかなりおかしかったらしい。
「あいにく俺もそこまで絶倫じゃないからな」
「たいがい絶倫だろーがこの変態! 強姦魔!」
 俺といつまでもじゃれてる暇はないんだろう。高岡は椅子にかけてあったバスローブをひょいと羽織って、俺の罵倒をものともせず、部屋を出て行った。
「ムカツク」
 俺は枕にやつあたりして、その枕を抱えて横になった。
 動転していて気づかなかったけれど、半端じゃなく腰がだるいしあそこも違和感ありまくりだ。
 身体の状態から昨晩起こったことを思い返しそうになって、俺はあわてて首を振った。今の、今のことを考えよう、と思ったところで今の状況も十分恥ずかしい。
「くそ、なんで」
 どうしてあんな、らぶらぶの恋人同士じゃあるまいに、やたら広いベッドだというのに、ぴったりとくっついて。
 失態もいいとこだ。ただでさえ、時間をかけりゃ堕ちると思われてるのに、あんな好き勝手やられた翌朝だっていうのに、もう身体はすっかりあなたに馴染んじゃってますみたいな。
「がーーーー!!」
「何騒いでるんだ」
 どうやら洗面所に行っていただけらしい。高岡が戻ってきて、ベッドの上で奇声を上げている俺を見て変な顔をした。
「逃げるの忘れてたじゃねーかよ!」
「いまごろ思い出しておいて、説得力の欠片もないな」
 本気で呆れられたかもしれない。
 本当に逃走を忘れていたからといって――高岡が釘を刺していかなかったので、かえって思い出さなかったんだ、情けないことに――何も相手に教えてやることはないだろう。
 いや、真面目な話、起き抜けから連鎖的に墓穴を掘っている。
 クローゼットから着るものを一式取り出して身につけながら、高岡は悶え苦しんでいる俺を眺めてずっと笑っていた。


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