living on the edge



20.


 次の日、夜の11時すぎ。俺は与えられた勉強用の大学ノートに、記憶に従って監禁されてからの日付と曜日と何があったかを書いてみていた。
「今日が7月17日って書いてあったよな? 水曜日? なんか一日足りない気がすんだけどなあ。6日目であってるよな?」
 テレビもラジオもパソコンも与えられてないので、日付は高岡が読んでいた新聞を見て知った。高岡が熱心に読んでいたから、今日のだろう。
 拉致された日は、7月10日だった気がした。テストの最終日だったのはわかってるんだけど、何日だったかは少し自信がない。
 10日だったとしたら、監禁6日目で17日はおかしい。1日ずれてる。
「ここで最初に目が覚めたのが、翌日じゃなかったってことだよなあ」
 そんなどうでもいいことを復習しているのは、高岡が帰ってこないからだ。
 2日続けて、彼の帰りは11時を過ぎている。俺のいる監禁部屋には、昼用と夜用の食事が朝から用意され、冷蔵庫で冷えたそれを温めるための電子レンジが置かれた。正直こんな部屋に16時間もひとりで閉じ込められて、食欲なんか出るわけもないんだけど、1食は高岡が弁当を詰めてくれるので――高岡という人間と、手作りの弁当というものの酷いギャップについては今はおいておこう、今は――なんだかちゃんと食べてしまう。
 でも弁当は昼に食うから、夜に残るのは出来合いのものだ。日が暮れる頃には狭い空間とその静かさに飽き飽きしていて、ひとりで味気ない食事を採る気なんか起こらない。買ってきてもらったスナック菓子とかつまんでいたらそれなりに腹も満たされるから、俺は昨日買ってきてもらったものの、もう眺めるのも嫌になってきた数学の参考書の隣にスナック菓子の袋をおいて、そっちにばっかり手を伸ばしていた。
「今日は何時に帰ってくるかねえ」
 つい口に出して、しまったそれじゃ帰ってくるのを期待してるみたいじゃねえかとツッコミまで口に出して、机に突っ伏した。あ、ちなみに机はこのマンションのどこかの部屋にあったのを持ってきてもらった。監禁部屋には、最初ベッドしかなかったからな。
「そろそろ夏休みに入るったって、補習とか模試とかあんだけどねえ。てか、俺そのうち学校行けるのか?」
 今日は一日、意味があるのかどうか怪しい受験勉強をしながら、何度も繰り返した疑問だ。この先1ヶ月以上解放されないとは思いたくないけど、冷蔵庫に電子レンジにと、だんだんと整えられていく生活環境に、不安を覚えているのも事実だった。
 高岡は、俺をこのまま閉じ込めとく気なんじゃないかって。
 それとも、俺がひとこと、あんたのものになってやるよとそう言えば、この監禁生活も終わるんだろうか。たぶんそうだろうとは思っても、軽々しく言うにはあんまりな内容だった。慣れてきたせいか、俺のものになれよって台詞にも最初に聞いたときほど拒絶反応が起こらなくなったけど、認めてやるのは癪だったし、正直恐ろしかった。
 まるで、高岡のものになることで、いままでの自分が全部なくなってしまうような。
 だいたい、人をとっ捕まえてあんなことそんなことやこんなことまでやっている変態相手に、心を許すほうがおかしいだろ。
「勝手に閉じ込めといて、朝から夜中まで放置ってどういう了見だよ。ありえないよな」
 俺はぶつくさと文句を言いながら、開いてある参考書に頭を突っ込んで、目を閉じた。


 昨日は抱かれてない。
 12時近くなって帰ってきた高岡は、まずシャワーを浴びると俺をリビングに連れ出して、ウィスキーの水割り片手に、今日はどんなことをしただとか、どんな話を聞いたとかいったことを話した。
 ウィスキーは苦手だったんだけど、どうやら俺は物欲しそうな顔してたらしくて、すぐに俺のグラスも用意された。高級そうなウィスキーは良い香りがして、鼻を近づけて嗅いでたら笑われた。
 ごく他愛もない、静かな時間だった。高岡の左手がゆるく腰にまわっていても、拘束するわけでもエロいことを仕掛けてくるわけでもない。そうして1時間くらい話をして、それから寝た。寝室で。一緒に。
「逃げないように」と称して抱き枕にされて、それでも高岡が眠ったら逃げるチャンスがあるかも、と思って起きていようと決意したんだけど、気づいたら朝だった。まあ今朝は高岡が目覚まし時計の鳴る前にむっくり起き上がったのに気づいたから、昨日の朝よりはましだろうよ。
 何だろう。とにかくこっ恥ずかしいというか腹立たしいというか、早く高岡を追い出さなきゃやっていけない!っていう焦りで、構ってくる高岡を思いっきり邪険に扱ってたら、面白かったらしくて仕事に出て行くまでに随分笑われた。
 俺はさ、朝まで誰かと一緒のベッドで過ごした経験くらい、普通にあるわけだよ。もちろん、相手は女だけどな。でも、セックス抜きで一緒にっていうのはなかった気がする。だからだろうか。
 認めたくはないけれど、俺はあまりの照れくささに挙動不審になっていたらしい。


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