living on the edge



22.


 翌朝、目が覚めたのは7時ごろで、監禁部屋じゃなく寝室のベッドの上だった。半分寝ぼけたまま、高岡の気配をさぐり、もう起きた後なのかな、と考えた。俺の隣に寝ていないことだけは確かだった。
 無駄に広いベッドで身体を起こす。相変わらず俺は全裸で寝てたらしい。見下ろす肌の全面に高岡の愛撫の痕跡が残っているような気がして、シャワーでも浴びようと立ち上がって、椅子に俺用らしき服がかけてあるのに気づいた。下着のほかに、Tシャツとカーゴパンツ。今まで部屋着に使ってたのはスウェットとかハーフパンツとかそういうゆるいのだったから不思議に思ったけど、たいして気にせずに手にとって風呂に向かった。
 シャワーを浴びて服を着て出てきても寝室に高岡の姿はなくて、
「いない?」
 首をひねりながらリビングへ向かったけれど、そこにも高岡の気配はなかった。
「?」
 俺は立ち止まって、自分の左手首を見下ろした。「監禁部屋」にいるとき、いつも手錠がかけられていたそこ。
 当たり前だが、何も付いてない。付いてたら、ここまで来る前に鎖がじゃらじゃら鳴って気づいてるだろう。
 心臓が急にばくばくと音を立てだした気がした。何が起こっているのかよく分からないまま俺はふらふらと玄関のほうへ向かった。初めてちゃんと見る玄関ホールは無駄に広々として、大理石だかなんだか、高価そうな雰囲気の黒い石が使われたたたきに靴が二足並んでいた。
 大小ある。茶色い革靴が大きくて、ナイキのまっさらなスニーカーはそれより小さかった。
 反射的に、俺は踵を返していた。
「高岡! いないのかよ!」
 靴があるんだから、まだ出かけていなくて、俺が起きてくると思わずに放置しているだけなんじゃないか。無理やりそう思い込もうとしていたんだと思う。
 心臓はさっきよりもさらに激しく鳴っていて、俺はばたばたと家の中を覗いてまわった。リビングに監禁部屋、さっき入ったバスルーム、今まで入ったことのない部屋、そしてキッチン、ダイニングとぐるりとまわって来て、ダイニングテーブルに朝食の準備ができているのを見つけた。
 食パンをそのまま使った豪快なサンドイッチが皿の上にあって、横にトマトが添えてある。コンソメスープの入ったスープカップは、たぶん電子レンジにかけて食えってことだろう。
 その横にメモがあった。

  とにかく朝食を食べて
  それから、考えて。
  おまえの選択を尊重するから。
「ふっざけんな!」
 思わず握りこぶしでテーブルを叩いて、がしゃんと皿が跳ねた音に首をすくめた。
 なぜだか目頭が熱くなるのを感じながら、高岡の言うとおりに振舞うのは癪だと思いながらも、スープカップを持ってキッチンに向かった。


 食べ終わってもまだ8時にもなっていなかった。ダイニングの椅子に座ったまま、この皿は洗ったほうがいいんだろうか、と考える。確か食器洗い機があるみたいだったけど、皿とスープカップと牛乳を飲んだマグカップだけなら手で洗ったほうが早いに違いない。
 流し台の前に移動すると、カウンター越しにダイニングやリビングの様子がよく見えた。高岡はよくここに立って、俺を見ていたな、と思い出して苦笑する。
「本気で逃げたら、逃げれたよな。たぶんだけど」
 リビングからは、キッチンの横を通らずに玄関のほうへ行ける。高岡が料理に気を取られている隙、たとえば後ろにある冷蔵庫を覗いている間なんかを狙えば、玄関のドアを飛び出す程度はできた可能性がある。
 確かに一度と言わず乱暴に取り押さえられたし、初めはヤクザに殴られたダメージも残っていたから、あいつと格闘したくないという警戒感や恐怖感はあったんだけど、それだけだと言い切るのは、自分に嘘をついている気がした。
 目線を落とすと、さて、と俺は首をひねった。皿洗いって、したことがなかった。
 たぶんこれだよな、と思いつつスポンジを手にとって、そこにあった洗剤を振り掛けて泡立ててみたら、思ったより泡だらけになった。
「こんなもんか?」
 使った食器をスポンジでこすって泡だらけにして、水で念入りに洗い流す。そこに高岡がいたら、「そんだけ洗うのにどんだけ洗剤使ってるんだよ」と馬鹿にしただろうけど、一度もしたことなかったんだから仕方がない。思えば、俺を捕まえてから、俺の身の回りの世話は何から何まで高岡がしていた。
 洗った食器をどうしようかとまた悩んで、その辺にあった布巾でふいた。マグカップを戻す場所はわかったけど、他がわからずに引き出しをさんざん開け閉めし、ようやく同じ種類の食器が並んでいる場所に収納して、俺は満足してうなずいた。
「それで、どうしよう」
 今度こそ、考えなきゃいけない。少なくとも高岡が帰ってくる前に。


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