living on the edge



3.


 はじまった暴行は、真柴が去っていき、若いチンピラ連中が残ると、いつのまにか別の方向にかわってきていた。
「やめろっ!」
 かすれた叫び声は当然のように無視されて、Tシャツが引き裂かれる。
 さらに、ジーパンに手をかけられて、手早く、強引に下までずり下ろされた。縛られたままの足のおかげで、下着ごとおろされたそれは、途中で引っかかった。
「なまっちろい身体してやがんなー、こりゃバージンってわけでもなさそうじゃねえの?」
 誰かが笑いを含んだ声でそう言う。
「ばっ」
 馬鹿じゃねえの、と言おうとした俺の剥き出しの下腹部に足が下ろされる。たいした力をこめられたわけではなかったけれど、アレに靴裏が直撃したもんだから……死ぬかと思った。
 うめいて黙った俺に、まだ何か嘲りの言葉を投げかけながら、男たちは俺の足にかけられたロープをほどいて、引っかかっていたジーパンと下着も引っこ抜いた。
 そして、片方ずつ足をとられて、左右に広げられてしまう。
「!!」
 声にならないまま暴れても、数人がかりでおさえられればどうしようもなかった。
 抵抗を押さえるためなのか、たださっきまでの暴行の続きなのか、顔を何度か張られて、しばらくすると朦朧としてきた。
「けっ、手間のかかる野郎だぜ」
 下卑た笑いをこぼしながら、チンピラたちが俺の身体を取り押さえる。
 何をされそうになっているのかはさすがにわかって、いやだ、と何度かくりかえしたけれど、まったく声にならなかった。

 そのときだ。
 唐突に、ガラスの割れるような大きな音が聞こえた。
「なんだぁ?」
 男たちは手を止めて、怪訝そうに顔を見合わせた。物音よりも、男たちの手が止まったことで、俺は何か変わったことが起きたのだと気づいた。
「おい、見て来い」
 年長らしい誰かが指示して、ひとりが出て行った。
 そして、ほかの奴らが俺に向き直ろうとした瞬間、さらに大きながしゃんという音が響き渡った。
 顔を見合わせて、残りのチンピラたちも部屋の外を見に、扉から出て行く。
 さんざん殴られ、蹴られた俺が、少々放置されたくらいで逃げはしないと思ったのだろう。見張りもなしだ。
 事実、俺は身動きすることも億劫で、ただぼんやりと奴らが出て行った扉のほうを見ていた。
 たぶん、逃げなくてはという発想が、まったくなかったんだろう。身じろぐ力さえなかったのは、俺が思っている以上に、そのときの俺がぼろぼろだったからなのかもしれない。
 しばらくして、扉からひとりの男が顔を出した。見覚えのない顔だ。
「ああ、生きてる」
 俺の顔を確認するように見下ろした男は、振り返って誰かにそう言った。
 それから、すたすたと入ってきた。
 頭を殴られたせいか、思考までもぼんやりしていて、俺には何が起こっているのかよくわからなかった。新手が来て、また殴られるのだろうかと、わずかに身構えてしまう。
 男は、そんな俺を見下ろしてふっと唇を緩ませた。
「いい格好だな」
「知るかっ」
 吐き捨てるように言った声は、ひどくかすれていた。
 それは、やたらと場違いな男だった。黒っぽいスーツ姿だったけど、「いかにも」なやくざ風とはどこか違った。嫌味かと思うほど整った顔は、きっと悪役俳優向きだけど、冷徹な経営方針で社員や他社の人間を苦しめる冷血若社長って感じ。って、例えになってないけど。年はおそらく二十代後半から三十代前半といったところ。かなりの長身で、すらりとしているが、スーツの上からでも逞しい体格の持ち主だとうかがえる。
 男の目は、じっと俺を見据えていて、その目の強さはとても印象に残った。
「それは、誘ってるのか?」
「は? って、んなわけねーだろっ、どいつもこいつも……」
 明らかに嫌味の口調で言われて、何故かと考えたら、俺はチンピラどもに放置されたまま、足を開いてまるで誘うような格好で床に転がっていたのだった。
 実際、何かある前に彼が現れたのだ、やましいことは何もないのだが、羞恥にかっと赤くなりながら、俺は慌てて足を閉じてもぞもぞと身体を起こした。少しの動きにも、あちこちに痛みが走る。
 ついでに傍らに落ちているパンツとジーパンを拾おうとして、まだ手錠がついたままだったことに気づく。
「これ……」
 はずしてくれ、と言おうとして男を見上げると、苦笑される。
「鍵は?」
「知るかよ」
「じゃあ無理だな」
 言いながらかがんだ男は、俺のパンツを拾うと、まるでそうするのが当然といった何気ないしぐさで俺の身体を後ろから抱えるようにした。
 何が起こっているのかわからず、俺は身体を硬くした。
「なにする……」
「何っておまえ、フルチンはどうかと思うぞ。あ、足あげろ」
 言われて、差し出された下着に足を通す。手をつかえない俺のかわりに、俺を抱きかかえた男が両足を通した下着を引き上げる。
 見知らぬ他人に下着をはかされるというのが、こんなにも恥ずかしいことだとは思わなかった。なに俺罰ゲーム受けてんだよ、って感じだ。
 彼はさらに、ジーパンまではかせてくださって、とりあえずジーパンの前のボタンがとめられてようやく、俺は身体の緊張を解いてため息を吐き出したのだった。
 ご苦労、とでも言うように、男の手が俺の頭をそっと撫でて、その優しげな触り方に安堵する。
 少し安心したせいか、身体の力が抜けて、急激に意識が遠のいた。
「吉見、この鍵をはずせるか?」
 男が誰かに問い掛ける声と、それに応える誰かの声を聞きながら、俺はそのまま気を失ってしまった。


back top next
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送