living on the edge



9.


「よく食うな」
「食えるときに食う主義なの」
 高岡は、ご丁寧に俺の前に陣取って俺を眺めていて、それがちょっと気にならないではなかったけれど、遅めの朝食は至極快適だった。
 今朝の高岡は、紺色のカットソーに茶色っぽい色のチノパンという格好だった。そういう服装だと若く見えるけど、いくつなんだろうと思いながら、俺は味噌汁をすすった。なかなか好みの味に、ちょっと幸せな気分になる。
 とりあえず、どんな服装をしていようと、高岡は朝からせっせと料理をしそうな人には見えなかった。
「これ、ほんとにあんたが全部作ったの?」
「これくらい、たいした手間じゃないだろ」
「んー、それは知らねえからなんとも言えないけど……これ、美味いよ」
「そりゃどうも」
 俺が、きれいな黄色の卵焼きを箸でつまみあげると、高岡は少しおかしそうに笑った。
 高岡は基本的に、その顔に似合わず和食好きだ。その日の朝食も、だから、ご飯に根菜の味噌汁、納豆、塩鮭を焼いたの……と見事な和食ぶりだった。正直、その内容が渋すぎて、育ち盛りの青少年にはちょっと物足りなかったけれど、量だけは十分用意されていたし、何よりそういう「ちゃんとした食事」にありついたの自体かなり久しぶりだったから、ちょっと嬉しかった。
 それを用意したのが高岡だというのが、難点ではあるんだけど。
「料理なんかするんだな、意外」
「そうか?」
「ん、キッチンが似合わなさそう」
「馬鹿にされてるんだかなんだか、わからないんだが……。料理は必要に迫られてってのもあるな。留学していた頃なんかは、金もなかったから、和食に飢えたら自分で作るほかなかったし」
「ふうん、留学かー。大学に?」
「高校から。日本にいる理由もなかったし、日本の大学に興味もなかったからな」
 うわ、なんかすげー嫌味。と思ったけど、さすがにそこは口に出さずにおく。その代わり、さっきから少し気になっていたことを訊いてみた。
「あんた、ここに住んでんの?」
「どうして?」
「なんかここ、生活感なくないか?」
 たぶん、かなり高級なマンションなんだろう。リビングダイニングは広々としていて、モデルルームからそのまま出てきたような、シックな色でそろえた家具が据えてある。で、まるでモデルルームそのもののように、無駄なものがまるで見当たらない。普通住んでいれば、雑誌や新聞がたまったりとか、ちょっとしたものが出しっぱなしになったりとか、ローボードの上に妙な置物が鎮座していたりとか、いろいろありそうなものだ。けど、この部屋にはそんなものはまったくなかった。
「なかなか鋭いな」
 高岡は、なぜかちょっと嬉しそうにそう言った。
「ここには住んでないってこと?」
「ああ、借り物だ。持ち主も、家具を調えただけで、ほとんど使ってないんじゃないか」
「へー。それってさあ………借りてる家に俺を連れ込んだってこと? それとも、俺を連れ込むのにここを借りたってこと?」
「どっちだと思う?」
「……後者」
 高岡は答えなかったけれど、にやりと笑ったその顔が、「正解」と言っているも同然だった。
「ここの持ち主は、あんたがしてることを知ってるわけ?」
「さあな。でも、安心しろ。奴の趣味は俺より徹底しているからな。この程度で驚きはしないだろ」
「同類かよ!」
「類は友を呼ぶと言うじゃないか」
 すげーやだ、その類友。そう思った俺の顔を見て、高岡はやけに楽しげに笑った。
 それから俺が空になった茶碗を置いたのを見て、
「おかわりは?」
 と訊ねる。
「もういいよ、腹いっぱい」
「そりゃよかった。こら、食い逃げ禁止」
 たぶん、何も考えずに食器をさげようとしていたのだろう。何気なく高岡が流しへ移動した瞬間に、俺はほとんど本能的に腰を浮かして、逃げの体勢に入っていた。だって、いかに和やかに食事のできる相手だろうと、監禁と非合意のセックスはご遠慮したい。
 それを見とがめた高岡は、少し表情を厳しくしながらも、そんなことを言ってきた。
「食い逃げって……」
「メリットのない餌付けはしない」
「餌付けだったのか!」
 なんとなくそんな気はしていたけど、本人に言われるのとはまた別問題だ。
 腰を浮かせた途中で目が合ったせいで、中途半端な格好で高岡とにらみ合っていた俺は、仕方なくちゃんと立ち上がって、空いた皿をキッチンのほうへ持っていった。
「ご苦労」
 で、そのまま高岡に捕まった。
 腕をつかまれて、どうしたものかと高岡を見上げると、髪をくしゃっとなでられた。
「まあ、逃げたい気持ちはよくよくわかるが、俺は一度捕まえた獲物を簡単に逃がすほど甘くはないぞ」
 言ってることと、頭を撫でる手つきのギャップがありすぎる。
 結局、また逃げそびれて、俺はまたしても元の部屋へと連行されたのだった。


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